クロニック・ラブ | ナノ
「好きに使ってもらって構わない。」
そう言って通された部屋は公安局からさほど離れていないところにあるデザイナーズマンションの一室、隣に立つ宜野座監視官の自宅だ。
ちなみに私は今日からここに住むことになる。
先日執行官になった私は彼直属の特別執行官、ということで常に行動を共にしなければならないらしく、今日から一緒に生活をすることになった。
…表向きの理由では。
実際のところは、私の監視、というのが本当の理由。
…なんでも私の係数と色相はひどく不安定らしく、本来ならば執行官にはなれないのだが、私の素質を惜しんだらしい隣の彼が、自分が面倒を見るからと、24時間の監視を条件に私を彼専用の執行官として引きとったのだと言う。
どうしてそんな面倒をしょってまで私を引きとってくれたのだろう?と配属されてからずっと疑問だったことが再び頭の中を回りはじめ、知らないうちに足が止まっていたらしい。
「どうした、入らないのか?」
玄関に突っ立ったまま動かない私を不思議に思ったのか、宜野座監視官が声をかけてくる。
その声にはっとし、急いで靴を脱ぎ段差をあがる。
「お、おじゃまします…」
恐る恐る中に入ると、彼の性格をあらわしたかのような整然とした空間が広がって…いるのかと思いきや、所々彼に似つかわしくないものが点在している。
(あれ…?これってもしかして…)
依然誰かと一緒に住んでたとかいうパターンじゃ…と考えていたことが顔に出ていたのか、質問する前に、彼の方から説明をしてくれた。
「…すまない、以前の同居人の私物が片付いていなくてな。」
ため息をついている割りにいやそうな感じではないので、きっと親しい人だったのだろう。
…でも目につくものは女性が好みそうなものばかり…ということは、
「あ、あのつかぬことをお聞きしますが、同居人というのは、その、もしかして宜野座監視官の…」
内容が内容なだけにしどろもどろしていると、彼は一瞬驚いたような顔をしてからうつむきがちにぼそり、と呟いた。
「…恋人、だ」
だった、の方が正しいかもしれないが、…そう言って小さく笑う彼の姿はひどく寂しげに見えた。
…ああ、そういえば縢執行官が言っていた。
"宜野座監視官は大切な人をなくしたばかりだ"と、
詳しくは教えてもらえなかったが、先日起きた事件に巻き込まれたらしい。…辛い別れだったのだろう、写真の類は一切見当たらない。
…悪いことをきいてしまったと、徐々に罪悪感がこみ上げてくる
「…すみません、余計なことを聞きました」
「…構わない、いずれは知ることだ」
そうは言っているものの、相変わらず寂しそうな表情をする宜野座監視官に申し訳がなくなってうつむいていると、「そういえば、」と気まずい雰囲気を切り替えるような声が響く。
「夕食は済ませたのか?」
「あ、はい。食堂を案内してもらったときに縢執行官と…」
「そうか、それなら風呂にでも入ってくるといい。」
今日は色々あって疲れただろう、そういってスーツの上着を脱いだ宜野座さんがお風呂場まで案内してくれる。急いで後を追いかけながら、宜野座さんはどうするんですか?と聞けば、俺はその間に軽く夕食をとるからゆっくり休んでくれ、と言われた。
見かけによらず面倒見がいい人だな、と思っていると「ここだ。」とドアを開けてくれる。
「ああ、そうだ。彼女の物は好きに使ってくれて構わない。」
…そ、それはさすがにまずいんじゃ…と目で訴えてはみるが、もう使い道はないやら、使ってもらったほうが助かる、なんて言われてしまえば断るに断れない。
「…それに君の気に入るものが多いはずだから、な」
「…?」
「それじゃあ、俺は戻る。」
ゆっくりしてくるといい、そう言って踵を返しリビングに戻っていく宜野座監視官。
最後の方、何といったかわからなかったが、遠ざかる姿に再び声をかけるのも悪い気がしてその背中を見送った。
***
言葉通り、彼女のものを借りてお風呂を済まし、タオルで軽く頭をふきながらリビングへと向かう。
(それにしても、私の好みのものばっかりだったな…)
いま着ている寝巻きも含め、お風呂場にあったシャンプーや化粧品や小物、すべてにおいて私の好みのものばかりであった。
(彼女さんとは趣味が合いそうだったのに、)
そんなことを考えていると、いつのまにかリビングへとついていたらしい。
…ところがあたりを見回しても彼の姿は見えない。
「?…宜野座さん?」
軽く名前を呼んでみると、奥のソファで人が身じろぐような音が聞こえる。
近づいてみると、ネクタイを緩めワイシャツのボタンを数個外したラフな格好で、その細長い体をソファに投げ出し、寝息を立てる宜野座さんの姿があった。眼鏡はサイドテーブルに置かれ、彼の端正な素顔はありありとさらけ出されている。
その姿に少しどきっとしつつも、このままでは風邪を引いてしまうと思い、彼を起こそうと試みる。
「宜野座さん、こんな所で寝てたら風邪ひきますよ。せめてベッドで…、っ!」
寝てください、という言葉は彼をゆっすていた手を引っ張られたことで遮られる。
咄嗟のことでバランスを崩した私は彼の胸元に倒れこむような形になってしまった。
「…んっ」
寝起きからか、少し掠れた声がすぐ耳元で聞こえる。
驚いて飛び起きようとするも、頭と体をがっちり抱え込まれており、現状身動きひとつとれない。
(ど、どうしよう…っ)
内心ひどく焦るも、何もできない状態ではされるがままになるしかない。
頭に回された手はゆっくりと上下して、濡れた髪の上を滑る。
「…またお前は…乾かさずにでてきて…風邪を引いても知らないからな。」
「す、すみませ…」
でも、今風邪引きそうなのは宜野座さんの方なんですが…、とは言えずに言葉を呑み込む、…が、…え?
…"また"とは、どういうことだろう。宜野座監視官とは先日会ったばかりのはずだ。
ましてやこんなことをする親しい間柄でも……
…ああ、そういうことか。
彼はきっと寝ぼけているのだ、それでいて私を彼女と勘違いしている。
それならば話は早い。
「…宜野座さん、起きてください。私は彼女さんではありません」
そう言って少しゆるんだ腕の中を抜け出し、ゆっくりと立ち上がる。
ベッドで寝てください、と再び声をかけるが、彼はいまだ寝ぼけているのか、こちらをうすぼんやりとした目でじっと見つめたまま動かない。
動く気配が全くない彼にため息をつきつつ、毛布か何か探してこようと踵を返した瞬間、手首をがしっと掴まれる。
「っ!」
驚いて振り向くと、上体だけを起こし私の手を掴む宜野座監視官の姿。
うつむき加減の為、顔の表情はよく見えない。
「…で、くれ…」
「…え?」
うつむいたままの彼から切羽詰った声がもれる。途切れ途切れだった為、何を言っているのかわからず、おもわず聞き返す、と
「っ、宜野座さん…っ?!」
ぐいっと思い切り腕を引かれ、またもや彼の胸元におさまる形になってしまう。
さきほどよりも強く抱きしめられ、密着した体から伝わる彼の熱にかぁっと顔が熱くなるのがわかる。「離して、くださ…っ!」と少々暴れてみても一向に弱まる気配はなくむしろどんどん強まる腕。
「…ない、でくれ…頼むから…っ」
肩口にうずめられた顔から再び聞こえる弱々しい声。吐かれる吐息はひどく熱い。
「…行かないでくれ、…もう、どこにも…っ!」
今度こそはっきり聞こえた彼の悲痛な声。
…ああ、彼はきっと長い夢を見ているんだ。終わることのない苦しい夢を。
「…大丈夫です。もう、どこにもいきません。」
ここにいます、そう言いながら彼の背中にゆっくりと腕を回す。
…夢うつつを彷徨う彼に今だけは安らぎを、
強張っていた彼の体からふっと力が抜ける。そして安堵の声とともに発せられるその言葉に、
…今度は私の体が強張る番だった。
「ずっと傍に………なまえ…」
鮮やかな邂逅。
(みょうじ監視官)
(…)
(…おい、無視か)
(いい加減、名前で呼んでくだい。)
(は)
(何年一緒にいると思ってるんですか、…は!もしや忘れたとか)
(…忘れてなどいない。)
(じゃあ、早く言って下さい)
(………なまえ、)
(!はいっ、何ですか?)
(…そんな嬉しそうな顔をするな。)
(え?そ、そうですか?)
(ああ)
(…予想以上に嬉しくて、)
(…)
(?)
(なまえ)
(はいっ!)
(…呼んだだけだ)
(ははっ!何ですかそれー)
お前が喜ぶのなら、いくらだって呼んでやる---
「なまえ」
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NG
「彼女さんとは趣味が合いそうです…」
「そうか…(そりゃお前だからな)」
とは言えない←
NG2
「(女性が好みそうなものがちらほら…はっ!まさか)」
「?どうした」
「(ぎ、宜野座さん、人には色々な趣味嗜好があると思うんで…その、私気にしませんから!)」
「…おい、なぜ哀れみの目を向けるんだ。」
ちょっと最後わかりづらかったんですが、寝ぼけて自分のことをその"彼女"と勘違いしているぎのさんに、一瞬だけその"彼女"のふりをするんです。(昔の自分ですけど)
で、安心したぎのさんがその"彼女"の名前を呼ぶんですけど、その名前が自分の名前でびっくり…みたいな感じです。
会ったばかりなのに名前呼び?!まさか"彼女"と名前が一緒?!…のどっちでびっくりしているかはわかりませんが←
さてさて共同生活のはじまりです。
直属の執行官だから一緒に暮らさなくちゃいけないとかとんだ職権乱用ですね!←
20130124
thanx:Mr.RUSSO