空色スクーター | ナノ





「先生ーいつまで居座るつもりですかー」


自分の分の夕食を作りながらカウンター越しに見える背中に声をかけると「ああ」という短い返事が返ってくる、が、全く動く気配が感じられない様子に思わずため息をついてしまう。

「先生には帰る家があるでしょうが…」
「帰っても飯はない。」
「…」

小さくぼやいたはずなのに…というかこの人夕飯まで食べてく気なのか。

「…言っておきますけど、先生の分ありませんよ」

と告げると、「そうなのか」とさも驚いた風にこちらを見て立ち上がり、近づいてくる狡噛先生。突然人の部屋に押しかけておいてなぜ御飯があると思ってんだこの人は…


「って、あ!ちょっ…!」

「それにしては量が多いな。」

フライパンの中のものをひょいとつまんで口に放り込み、にやにやしている狡噛先生に「…お腹減ってたんですよ」とそっぽを向きながら告げる。

…ええそうですよ、先生の分までちゃんと作ってましたよ、何て健気な私。そう開き直っていると「ありがとな。」と頭をぽん、として元居たソファに戻っていく狡噛先生。

「…」

それで大人しくなってしまう私も私だなと本日2回目の深いため息を吐いた。


***


「お待たせしましたー」


しばらくしてできあがった料理を持って狡噛先生のいるリビングへと向かう。そのへんに置いておいた雑誌を見ていた狡噛先生が顔をあげながら「おう、待たされた」とか笑顔で言うもんだから、先生の前に出したお皿を取り上げると「すまん冗談だ。」と真顔で謝ってきて思わず笑ってしまった。



「そういえば先生、何でこんないきなり来たんですか?」

「…久々に会った教え子との再会をゆっくりしたかった、じゃダメか?」


あの時は自己紹介だけで終わっちまったからな、と先日の再会のことを口にする。確かにあの時はお互いびっくりしすぎて、それ以上会話が進まなかった。(佐々山さんと縢に冷やかされたのもあるけど。)なので、再会してちゃんと話すのは今日が初めてだろう。

「…、どうです?久々に一緒にゆっくりした感想は」

「…懐かしいな。」


そう言ってゆっくりと伸ばされた腕に髪をすくいとられ、その感触を確かめるようにするり、と撫でられる。わずかに頬に触れた指先に思わず身体を揺らすと、狡噛先生はすっと目を細めて「まるであの時に戻ったみたいだな」とどこか懐かしむかの表情で小さく笑った。

「、先生…?」

そのまま何も言わずに髪を撫で続ける彼に声をかけると、その手はゆっくりと後頭部にまわされ徐々に狡噛先生の元へと引き寄せられる。目の前に迫る彼の顔、…あと数cmで口唇が触れる、というところで私は思い切り立ち上がった。

「っ、わ、私食器かたづけないと…!」

テーブルの食器を急いでまとめ、狡噛先生の方を見ずに足早にキッチンへと戻る。
食器をシンクに入れ、気持ちを落ち着かせるかのように震える指先を抑え、蛇口をひねった。

(…ッ!)

もう少しで触れそうだった口元をおさえ、シンクに手をつく。

(もう忘れるって、決めてたのに…っ)

いまだ大きく脈打つ胸元をぎゅっと掴み、目を閉じる。
あのときの気持ちは施設に入る前に全て捨てたはず。なのに、

どうしてこんなに苦しいのだろう、

泣き出しそうになるのを必死で堪え、目元を抑えようと腕を伸ばそうとした瞬間、後ろからその腕ごと思いきり抱きしめられる。
懐かしい匂いと力強い温もりに包まれたせいで、涙が零れることはなかった。


「せん、せい…?」

そのまま何も言わずに私の身体を抱きしめ、首元に顔を埋める狡噛先生。おずおずと話しかけると、ひどく切なげな声が小さく返ってくる。

「…悪かった」
「え?」
「突然あんなことして、」
「…、」

「っ…我慢、できなかったんだ。」


ずっと会いたくて堪らなくて、…止められなかった。と、続けて吐かれる苦しげな熱い吐息に心臓がぎゅっとなる。
私だってずっと先生に会いたかった、…でも私は、もう…、
そんな私の想いを知ってか知らずか、心臓を押さえつけるかのように彼の腕に力がこもる。ぎゅう、と音がしそうなくらい強く。


「なまえ…」


普段の彼からは到底想像できないような弱々しい声が私の名前を呼ぶ。
だめだ、やめてくれ、その先の言葉を聞きたくない。それを聞いてしまったら私はきっと-----、




さらば、かの日の恋心。

(想うだけじゃ、もう足りない。)

(…足りないんだ)









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NG
「そんなこと言って俺の分もあるんだ、ろ」
「先生の嫌いなレバニラ。」
「…容赦ないな。」
NG2
「全く、仮にも乙女の部屋にずかずかと…」
「…」
「…やめてくださいそのお前も乙女だったのか、みたいな顔。地味に傷つくんで」



潜在犯と言い渡されたその日に、彼女は恋心を捨てました。彼への想いも。

…なのに狡噛先生はその心中にずかずか踏み込んでくるんですよ!部屋にも!←

20121216
thanx: E.G