空色スクーター | ナノ











「あー、今日からこのクラスを受け持つことになった、教育実習生の狡噛慎也だ。短い間だがよろしくな」


少しやる気のなさげな声が教室に響く。彼、狡噛慎也との出会いは中学最後の春だった。


(教育実習生…もうそんな季節なのか…)

ふと、物思いにふけるかのように窓の外を眺める。
教室ではお決まりの質問とも言える「先生、彼女いますかー?」という声や、「お前らそれ聞いてどうすんだ…」というやや呆れた声、「いないんだったら、私立候補する!」というませた声、…それはまずいだろう、先生捕まるよ。そう思っていると彼も同じ考えだったらしく「はぁ…お前らに手出したら俺は捕まるっつの…」とため息混じりにぼやいていた。



出会いはそんな、いま思い出してももうぼんやりしたものでしかない。






きっかけは、とある日の屋上での出来事だった。

お昼ごはんを暖かい日の光りの下で済ませ、心地よい風に身を委ねていたら、いつのまにか眠りについてしまったらしく、意識が浮上する頃には5限目の終わりを告げるチャイムがまどろみの中に響いていた。

(あー…そろそろ起きなくちゃ)

さすがに6限もサボることはまずいので覚醒しようと、横に向けていた体を戻し、仰向けになる、と視界が急に暗くなった。
目を閉じていてもわかる明暗に驚き、恐る恐る目を開けると…そこには寝転んだ私を仁王立ちで見下ろす、あの教育実習生の姿があった。


「俺の授業をサボるとは、いい度胸だな」


見下ろされた状態のまま、怒っているのかいないのか、よくわからない声音で言葉をかけられる。突然の状況と覚醒しきっていない頭があいまって言葉がうまくでてこない。目を見開いたまま何も言わないことを不思議に思ったのか、彼はゆっくりとしゃがみこみ顔を覗きこんできた。
まずい何か言わなきゃ、


「ッ…えっ、と…あのずるがみ先生…?でしたっけ」


近づく顔と焦りからとりあえず彼の名前を呼んでみることにしたの、だが…呼ばれたはずの当の本人はきょとんとした顔でこちらを見たかと思うと、勢いよく横を向き、ぶふっと吹き出し肩を震わせて笑っていた。

何に対してツボっているのかがわからず、しどろもどろしていると「…ッ、漢字は合ってるんだがな…くくっ」と笑いながらもゆっくりと立ち上がる彼。

その姿を呆然としながらも追っていると、


「コウガミシンヤだ、」


と告げられ、差し出される手。
「?」を浮かべていると「コウガミ慎也、俺の名前だ」とさきほどより名字を強調されて告げられた名にようやく自分が大きな間違いをしていたことに気づく。

(う、うっわー…)

やってしまった…、
急激に熱くなる顔を咄嗟に隠すと、「やっと気づいたか」と再び聞こえる笑い声。

それで笑っていたのか、
申し訳なさ程度に彼をちらりと見やると、差し出された手はそのままに、やわらかな笑みを向けられる。


「…いい加減起きないか?"みょうじなまえ"」



(そのとき掴んだ手がひどく暖かく力強かったのをいまでも覚えている。)




*****



彼の手を取って起き上がり、制服をパンパンとはたく。その間も彼は私のことをじっと眺め動こうとしない。というか、この人何しに来たんだ?


「そのコウガミ先生、はどうして屋上に…?」


目的を思い出したのだろうか、狡噛先生は「ああ、そうだ」というとポケットから煙草を取り出した。


「一服しにきたんだよ。」


というと慣れた手つきで箱から煙草を一本取り出してくわえ、火をつけながら「そしたら、」と言葉を続ける。

「前の授業でいなかったうちの生徒が大の字で寝てたってわけだ。」

「す、すいません…」

何だか色々と申し訳なさがいっぱいになってうな垂れていると、

「気にすんな。」

そういう奴が一人ぐらいいた方がおもしろいからな、と煙を揺らしながら煙草を持っていない方の手で頭をポンポンとされた。

「…先生、変わってますね」

少し気恥ずかしくなって、俯きながらそう呟くと「そうか?」と言われ「お前の方が変わってると思うんだがな」と返される。

「私が?」

「ああ、何だってこんな所に一人でいるんだ?」


そう言った彼の言葉に若干動揺する。
…確かに今の時代、授業をさぼったり、単独行動をしたり、秩序を乱すような振る舞いをする生徒は少ない。そんなことをする人物は変わっている、とおかしな目で見られてしまう。先生もそのことを言っているのだろう。

…いつからか、この世界に疑問を覚えはじめた。
統一された秩序、管理された社会、完璧の人生、すべてが私にとっては窮屈でたまらなかった。
けどおおっぴらな反抗はできない。シビュラに目をつけられてしまうから。
だから私は一時の自由を求めてここへ来る。
決められたレールに付き従い、自分の意思を持たずロボットのように毎日を繰り返す同級生たちの元から抜け出し、呼吸をする為に。


「…自由になりたくて、かな。」


長い沈黙のあとにぽつりと出た私の言葉の真意を知ってか知らずか、
狡噛先生は新しい煙草に火をつけながら、ふっと笑い「マセガキが。」と呟いた。






偽りの世界に問う。

(揺らいだのは彼か、煙か。)











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NG
(マセガキが…)
(生徒の前で堂々と煙草吸ってる不良教師に言われたくないです。)
(……すまんかった)


こういう思考があったのでシビュラ様に目をつけられてしまったわけです。
…本当は二人の馴れ初めを書きたかったんですが(白目)

20121203