小説 | ナノ






「…ああ、君は本当に美しい。」



闇の中からふと現われた病的な白い指先が滑るように頬に触れる。
同時にカツ、カツ、という足音が響き、近づいてくる気配。窓から差し込む月光が、その人物を照らし出した時にはもう、…槙島聖護という男は寸前にまで迫っていた。



頬をなでるその指は肌の感触を楽しむかのように飽きることなく上下に動かされている。椅子に座った状態で手を後ろ手に縛られ、口を猿ぐつわをされた状態が長時間続けば、抵抗する気はもはや起きない。



…なぜ、こんなことに。なぜ自分はこんな場所に、この男と二人きりで、こんなことをされているのか。先ほどから同じ疑問をずっと頭の中で廻らすが答えは一向に出る気配はなく、あきらめる様に静かに眼を閉じれば数時間前のできことが頭の中に蘇る。




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それはいつもと変わらない任務であった。ドローンの使えない廃棄区画での係数異常者の確保というもので、無事犯人を捕まえるところまではすべて順調に進んでいると思われた。…奴が現れるまでは。


「こちらみょうじ、ターゲット確保。狡噛執行官と共にそちらと合流します。」
『了解。この騒ぎのせいで少々場が荒れている。気をつけろ。』
「わかりました。それでは。」

宜野座監視官からの忠告でここに長く滞在するのは好ましくないと感じ、早く戻ろうと先程まで共に行動していた狡噛執行官に声をかけようと後ろを振り向く。
すると怒声とともに犯人の襟元をつかみ千切れんばかりに揺さぶり続ける彼の姿があった。"槙島"というワードが何度も聞こえ、そのことについて揉めているようだった。…が、いつもの冷静な彼とは明らかに様子がおかしい。このままじゃまずい、そう感じ彼を止めるために小走りで近づく、突如、その場にそぐわない風貌をした白銀の髪を持つ男が姿を現した。


「そんなに乱暴にしたら、壊れてしまうよ。狡噛慎也執行官」
「!槙島、…貴様ぁッ!!」
「…すまないが、今日は君に会いにきたんじゃないんだ。」
「ッぐぁ…!」」
「狡噛執行官!!」


一瞬の出来事だった。男が銃ではない何かを取り出したあと、狡噛執行官を戸惑いもなく撃ち抜き、ゆっくりと倒れる彼を悠然と眺めていた。
その光景を見て呆然と立ちすくむ私に向かって銀色の男がゆっくりと近づいてくる。目の前で立ち止まった男はやわらかな笑みをこぼしながらこう言った。


「君に会いにきたんだ。みょうじなまえ監視官」


金色の眼がすっと細められる。
…その目を見たのを最後に私はその場から意識を手放した。






************



「こんな時に考え事だなんて…ひどいなぁ君は。」

口では傷ついた、なんだとは言ってはいるがその顔から笑みが絶えることはなく、愉しげにこちらを見つめている。
頬を撫でていた指はいつまにか首先をなぞり、鎖骨にまで到達していた。

「…ッ」

鎖骨の上を左右に這うその感覚にぞわりとして、少し身じろぎをすると急に襟を掴まれ、大きく広げられる。さらに露になったその白い肌に槙島の唇が落ちてくる。思ったとおりの冷たい唇とは裏腹に熱い舌が肌をなぞる。その奇妙な感覚に身体がびくついてしまうと、その様子を見た槙島は嬉しそうにこちらを見上げ、今まで舌を這わせていた鎖骨に思い切り噛み付いてきた。

「!!」

がりっ、という音と共に鋭い痛みが肩に走る。熱い鮮血があふれ出し胸元を伝う。男はそれすらも惜しいようで赤くそまるそこをゆっくりと舐め上げる。

もう何が何だかわからず混乱する頭に痛みが伴い、今まで張り詰めていた何かは弾け、瞳には涙が溜まる。



「そんな顔しないで、もっと非道いことをしたくなる。」



いつのまにか顔を上げていた彼は唇をしたたる赤いそれを指でぬぐい、あろうことか猿ぐつわを解いた私の口元に塗り始めた。


信じられない光景を前に、どうしてこんなこと、なぜ私なの、と答えの出ない疑問が再び頭の中をまわりはじめる。


「どうして?なぜ?って顔をしているね。……それは簡単なことだよ、」


まるで壊れ物を扱うかのような手つきでゆっくりと顔を上げられ、さきほど槙島の手によって赤く染め上げられた唇にそっと口付けされる。



「君の事を愛してしまったんだ。」



突然の告白に呆然とする、目の前にある顔はにっこりと微笑み、「いつも君を見ていたんだ」と言う。私の記憶が正しければ、この男にあったのは今日がはじめてのはずだ。なのになぜ?とさらに混乱する私を知ってか知らずか男は諭すように囁きかける。


「…誰かを愛することに、相互の認知は必要ないんだよ。」


当たり前のことでも語る人物によって、こうも狂気じみたものになるのかと現実逃避にも似た考えを頭にめぐらしていると、「そうだ、」という声が聞こえて話が再開される。


「知っているかい?ロミオとジュリエットの恋は二人を阻む障害がたくさんあったからこそ、あんなにも燃え上がったんだよ。それがなければあれほどまでに愛し合うことはなかった。」


でも大丈夫、と男は言葉は続ける。


「君と僕の間には阻むものがたくさんある。」



障害が多いほど恋は燃え上がるからね、とひどく甘い声を耳元で囁くと、槙島は解放した片腕を取り、手首に口唇をよせる。


「…残念だけど、逢瀬の時間はここまでみたいだ。」


ゆっくりと離れる口元に、同じようにゆっくりと離れる身体。月光に照らしだされ白く輝く髪を靡かせながら男は扉へと向かい、閉まる瞬間、一度だけ振り向いて呟いた。



「…その痕が消える頃にまた会おう、僕の"ジュリエット"。」




扉がパタンと閉まり、男が消える。




(………とんだロミオだな、)

そう心の中で呟くと、男が消えた扉に向かって深いため息を吐いた。






 
狂ったロミオはジュリエットの夢を見るか?




(大丈夫か?!なまえ!!)
(無事か?!お嬢ちゃん!!)
(……どうしてここが…?)
(…今まで全く音沙汰のなかったお前の端末の電源がいきなり入ったんだ。)
(それでその信号を追ってここまで来たってわけ。よかったほんと生きてて…)
(縢!泣いてる暇があったら運ぶの手伝って!)


((端末が…?……まさかあの時電源を、))





記憶がフラッシュバックする。
片腕だけ解放されて、手首に口付けられたあの時、



(『…障害が多いほど、恋は燃え上がるからね。』)







その言葉がいまだ深く頭にこびりついて離れない。




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文学青年の槙島さんに厨二な台詞をたくさん言ってもらいたくて書き始めたのにいつのまにかこんなことに。…うちの槙島さんはストーカーで変態なただのヤンデレでしたとさ…。ちなみに槙島さんがキスした場所には意味があるんだなこれが。さすがヤンd

20121105