小説 | ナノ






お風呂上りに廊下を歩いていたら、征陸さんに声をかけられ、言づてを頼まれた。お風呂上りに悪いね、という彼を見送り、目的の人物のいる場所へと向かう。


(きっとこの時間なら、あそこにいると思うんだよね。)


薄暗い廊下を進んでいくと、その部屋には案の定明かりがついていて、その人がそこにいるであろうことが容易にわかった。
こんな遅くまでよくやるな、といつも思うがそれが彼だから仕方ない。



少し無遠慮にドアを開ける。
中にいるのは見知った人物だろうから問題はないだろう。


「狡噛さーん、征陸さんが呼んでま、…っ!!」


扉を開けて目に飛び込んできたのは上半身裸で水を滴らせる目的の彼、その人だった。
水のせいかいつも立っている髪の毛は下にさがりそこからぽたぽたと水滴をこぼす姿は妙に艶かしく、いつもと違う雰囲気に不覚にも胸が高鳴ってしまう。


「す、すみません、…そんな格好してるとは思わなくて、」

「気にするな、俺も悪かった。見苦しいとこみせたな。」


そんなことはないのだけれど、と思う。きっと限界まで鍛え上げただろう肉体には、無駄なものなど全くついていなく、腹部には美しい割れ目まで存在する。見苦しい、という言葉ほど不釣合いなものはないだろう。…あれこれじゃまるで変態みたいだとか考えていたらどうやら狡噛さんの身体を凝視していたようで、苦笑気味の狡噛さんに「どうした?」と声をかけられる。

「俺の身体になんかついてるか?」

そりゃあもう美しい筋肉が、と言いかけそうになるが「い、いえっ…!ただ狡噛さんは着痩せするタイプなんだなとか…はは」と必死にごまかす。それを知ってか知らずか狡噛さんはふっと笑い、「そうか。」とだけ答えた。


「それで、とっつぁんが呼んでるって話だったか?」
「あ!そうです。直接伝えたいことがあるとか何とか…」
「わかった、すぐ行く。」


狡噛さんの言葉で自分がここに来た目的を思い出し、征陸さんからの言葉を伝える。
あぶない、あやうく忘れるとこだった。ほっと胸を撫で下ろし、用の済んだその部屋から出て行こうと扉に手をかけると、「なまえ」と後ろから呼ぶ声がした。なんですか、と返事を返そうと後ろを振り向くと、いつのまにかこちらまで来ていたらしい狡噛さんが目の前に立っていた。

「…っ!」

あまりに急なことに驚いて飛びのこうとするも、後ろは扉、前は狡噛さんという状況で身動きが取れない。どうしよう、と慌てて考えをめぐらすもこんな状態じゃ頭がうまく働かない。そうこうしている内に狡噛さんの手がゆっくりとこちらに向かってくる。
反射的に目をつむると、前髪にぶふっと息がかかった。

「狡噛さん…?」

恐る恐る目を開けると、俯きながら口元を手で押さえて必死に笑いをこらえている狡噛さんが目に入った。

「……何、笑ってるんですか。」

こっちの気も知らずにくつくつと笑い続ける彼を殴りたい衝動に駆られながらも、冷静に質問する私えらい。

「わるいっ、まさかそんな顔、するとは思ってなくて…。くくっ」

「からかったんですね…」とむくれた様につぶやくと、「さっき俺の身体を散々凝視したお返しだ、」と笑いすぎて若干涙目になっている顔にそう言われた。

「もう!わかったから早く退いてくださいっ!」

いまだに塞がれた状態のままだったので、狡噛さんの胸板を軽く押して押しのけようと試みるが、その身体はびくりともしない。

「…?」

先程とは少し様子が異なる彼の顔を覗き込もうとすると、すぐに退いてくれるものだと思っていた身体は逆に押し返されて先程よりぐっ、と距離を詰められる。横に置かれた腕が徐々に曲がり近づいてくる彼の顔。
再び思考がパニックになりどうすることもできず硬直していると近づいてきていた顔は横を通りすぎ耳元に寄せられた。
彼の息づかいが聞こえて思わず身体が強張る。


「なぁ」
「…ッ」
「さっき、俺に何かされると思ったか?」
「え?」



「…それとも、何かして欲しいと思ったか?」
「!」



突然告げられた吐息のような甘い囁きに身を震わせながらも反論の言葉をのべる為、咄嗟に彼に視線を向ける。


…そこには先程とはうってかわった彼の顔があり、その瞳はまるで獲物を前にした獣のように鋭く光りこちらを見つめていた。


「こう、がみさッ…、」

しぼりだした声は小さく震え、怯える自分の姿は彼の瞳に映っていた。
その姿に満足した獣は酷く愉しげな笑みをこぼし、呟いた。


「ご愁傷様、」



ああ、もう成す術はない、


そう悟ると、喉元を喰らう鋭い熱を感じながら…ゆっくりと目を閉じた。









 
Hello,Dear Ms.grief




(…おいコウ、遅かったな。お嬢ちゃんには会わなかったのかい?)
(いや、会ったよ)
(?シャンプーの匂い…?お前、人を待たせてシャワーあびてたのか…)
(ああ、これは違う。俺のじゃない。)
(俺のじゃないって、じゃあ一体誰の……ってコウ、お前まさか)
(で?何の用だとっつぁん)
((はぐらかしやがったなこいつ…))





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狡噛さんの豹変ぶりにはいつも驚かされてばかりです(言い訳)。

20121101