小説 | ナノ






ふと額に柔らかい感触を感じた。
うっすらと目を開けると金色の瞳と視線が重なる。
ぼんやりとした頭の中、ああきっとこれは悪い夢か何かかな、と思いながら目の前にあるその顔を眺めているとゆっくりと開かれる口唇。


「…お目覚めかな?僕の"ジュリエット"」


嫌に聞き覚えのある声と思い出したくもないあの笑み。

…勘弁してくれ、と小さく呟くと目の前の現実から逃れるように瞼の上に腕をのせた。



「何なんですか一体…」


そのまま視線を合わせないよう、ぽつりと呟けば「つれないなぁ、」とくすくすと聞こえる笑い声。それと同時に感じる鎖骨あたりのひんやりとした感触。
思わず顔を上げると、金色の目を細め、ゆるりと嗤う彼と目が合った。



「…そろそろ痕が消える頃かと思ってね、」


約束通り会いにきたよ、と以前つけられた傷痕に軽く口付けをされ甘く囁かれる。
「ッ…」その行為に前回の記憶がよみがえり、思わず身体を強張らせているとふっ、と吐かれた息と共に穏やかに微笑む目の前の男。


「大丈夫、もう痛いことはしないよ。」


そういって槙島は私の両手首を掴むと、頭上でひとまとめにし片手で押さえつける。
痛いことはしない、といった矢先での行動に驚きを隠せないと同時に、あの細い腕のどこにそんな力があるのか、と思ってしまうほどに、ゆるく、それでいて強く押さえつけられる手首。


「!何、をっ…」

「こうでもしないと逃げてしまいそうだからね。」



そう言いながらもう片方の手でゆるりと私の身体を一撫でする。まるで壊れものを扱うかのように触れる手は腹部まで到達するとシャツの隙間から中へと侵入し、徐々に上へと上がっていく。


「っ…!」


段々と露わになっていく肌とその肌を這う指先に焦りを感じ、思い切り身をよじろうとするが簡単に阻止されてしまう。そうしている間にも手は止まらず、とうとう胸元が見える位置までたくしあげられてしまった。



「…ああ、思ったとおり、とても美しいよ。」



恍惚とした表情で私の身体を眺める槙島。…だが視線が注がれているのはある一点だけであった。押さえつけているのとは逆の手でその部分に手を伸ばされる。
ひた、と先ほどよりも少し冷えた指先が、ゆっくりとその場所に置かれた。



「みょうじなまえ監視官。人の心とは、どこに存在するものだと思う?」



唐突にそう聞かれる。…相変わらずこいつの考えてることはわからない、と呆れつつも視線だけを彼の宛がう場所へと向ける。
それを見た槙島は満足そうに微笑むと、話を続ける。



「そうだね。君の考える通り、元来人の心は心臓にあるとされていた。…しかし、科学で心を解明するという愚かな行為が進むにつれて心の在処は心臓から脳へあるとされてしまった。」



本当に嘆かわしい限りだよ、と心底うんざりしたような顔でため息を吐く槙島。その真意がわからずじっ、と視線を向けてみると、その視線に気づいた彼はふっと笑い、でもね、と言葉を続けた。



「僕はね、やっぱりココにあると思うんだよ。」



と私の胸元に置いた指をぐっ、と押される。…ちょうど心臓の真上だ。



「人の感情が何かしらの変化を遂げるとき、心臓はそれに呼応するかのように動きを変える。狂ったように速くなったり、締め付けられるように苦しくなったり、焦がれるように熱くなったり…まさしく心臓は心そのもの、」



そうは思わないかい?とまるで無邪気な子どものように微笑む槙島に呆気にとられていると、ぐっ、と顔の距離を詰められる。
そしてそのまま耳元へとすべるように移動した彼の口唇は耳元ギリギリにまで寄せられ、まるで吐息をこぼすかのように囁く。



「…願わくば、その心が僕のものになればいいのだけれど。」



甘く乞うような、それでいて愉しげに囁かれた声に身体がびくりと反応する。言われている言葉は恐ろしいものであるはずなのに、吐息をはかれた部分はひどく熱い。
ちぐはぐな感情に訳がわからなくなり、寄せられたのとは反対の方へ思い切り顔を反らすと一瞬間をおいて訪れる静寂。

そしてその沈黙にすぐにはっとする。
もしかしたら彼の反感を買ってしまったのではないか、という不安が急激に襲ってくる。


恐る恐る彼の方に視線を向けると変わらずにゆるりと微笑んでいる姿、その様子に少しばかり安堵する、も束の間。
彼の手にしているものが目に入り、一気に身体が強張る。
…いつのまに取り出したのだろうか、槙島の手には白銀に光る鋭い刃が握られていた。


微笑みはそのままに、ゆっくりと刃に口付ける槙島。
その恐ろしくもひどく美しい所作に目を奪われていると、突然胸元に走る激痛。


「…ぅあッ!?」


痛みに顔を歪めながら下を向くと、先程槙島が押さえていた部分…そう、ちょうど心臓の
真上あたりに刃を突き立てられていた。
あまりの痛さに意識が飛びそうになったが、口唇を噛み締め必死に耐え、目の前の男をぎろりと睨む。

そんな私の姿さえもたまらない、というかのように恍惚とした表情で微笑み返す槙島がゆっくりと口を開いた。


「…ああでももし叶わないのなら、君の心臓を抉り出して持ち去ってしまうのもあり、かな?」


そう愉しげに呟くと見せつけるように刃についた血をゆっくりと舐め上げ、くつくつと嗤う槙島。
…狂っている、そう吐いて捨てるように言った言葉さえ彼を悦ばせる要因の一つにしかならなかった。






胸元から溢れる液体はとどまることを知らず、シーツを赤く染め上げる。
身体はだるくなり、目を開けているのもつらい状態が続く。

(…そろそろ、やばいな)

とうとう意識が飛ぶ、というところでふいに右手を掴まれた。
その手はゆっくりと槙島の口元へと運ばれ、手のひらに軽く口付けられる。そしてそのまま流れるように彼の胸元へと置かれた。

無機質な外見とは裏腹に、その鼓動から感じる温もりに、この男も血の通った人間だったのかとぼんやりする意識の中、今更ながらに思う。


(…ああ、神様。なぜこの男に心臓をくれてやったのか、)







徐々に下がっていく瞼。重ねられた手はそのままに一言もしゃべらなかった槙島がゆっくりと口を開くのがうっすらと見える。


「…このまま君にすべて伝わってしまえばいいのに、ね」


そう誰にいうでもなくぽそりと呟いた彼の顔が、

…ひどく寂しげで、


意識を手放す瞬間、胸元に思い切り爪を立ててやった。





 
ロミオの心臓、ジュリエットの憂鬱。





(あの心臓を抉り出しこの手に収めたのならば、)

(彼のことを少しは理解できるのだろうか?)













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はい、ということでお声を多く頂きました、ロミジュリの続編です!
た、たいへんお待たせいたしました…途中で公式があんなもの(剃刀)やこんなもの(手錠)を出してくるんですもの…(言い訳)てなわけで書き直してたわけなんですすまん。
公式の槙島さんより甘め…かなとか思ったけど血がでてる時点で勘違いでした←
次があるとしたら出会い編?(槙島の一方的な)


余談ですが、これ書いてるときにずっと頭から離れなかったネタがありまして…

※槙島さんファンの方は注意!
実は主(ヒロイン)と狡噛さんはお付き合いしていて、その日狡噛さんは主の家に来ていて、槙島さんにあいたたなことされてる時にお風呂の扉が開いて「おいなまえ、何か物音が…」て中から狡噛さんがでてきて、ばっちり目が合っちゃったりして、まっきーが「やあ、お邪魔しているよ」てそのまんまの状態で話しかけるもんだから「!槙島ぁァっ!!」…ってなる修羅場endが頭から離れなくて大変でした…
…もちろん書きませんよ(フラグ)

20130107