小説 | ナノ






それは、鉄の重い扉が閉ざされた瞬間始まる。


どちらからともなく重なる口唇、零れるのは甘い吐息と息継ぎの音。
腰に回された腕は二人の身長差を埋めるかのように強く、上へと引き寄せられる。
それに応えるように彼の首元へ腕を回し、負けじと下へと引き寄せる。

手にしていた書類が音を立てて床に散らばると、重ねていた口唇も音を立ててゆっくりと離れた。


「ッ…あっ、やば」


顔だけを後ろに向けると、そこには無残にも散らばった報告書たち。
拾わなくては、と思い密着していた身体を離そうとしたら、腰を支えていないほうの手で顎を掴まれ、彼のほうへ向き直させられる。


「構うな、時間がない。」


でも、と反論しようとすると再び塞がれる口唇。
先程よりも深く、中を侵食するように入り込んできた熱いソレは奥に逃げ込んだ私の舌を絡め取ると、その感触を楽しむかのように強く吸い上げられる。


「、ぁッ…!」


その感覚に腰が抜けたかのようになり、首に回していた腕はほどけ、咄嗟に掴んだ彼の胸元にまとまりつくような形になってしまった。


「どうした、もう限界か?」


乱れた呼吸を整える為に彼の胸元に突っ伏していると、頭上から息ひとつ乱れていない、涼やかな声が降ってきた。


「朝から飛ばしすぎですよ…宜野座さん…」


若干の涙目になりながら、上を見上げると「朝も夜も同じ程度だと思うが?」とネクタイにその細い指をかけ、ゆるめながら不敵に笑う端正な顔立ちが目に入る。目はすっと細められ口元はかすかに上がっている、

…その顔、しぐさは反則だ、…ていうかいまこの人さらっとすごいこと言わなかったか。夜ってちょ、でも明らかに夜のほうが、とかあれこれ考えているとそれが顔に出ていたらしく、宜野座さんに軽く鼻で笑われてしまった。
その全てを見透かしたような態度に、自分ばかりが余裕がないようで少しばかりカチン、とする。

…この余裕が少しでも崩れるとこを見てみたい、そう思ったときにはもう手が伸びていた。





目の前にある彼の緩められたネクタイを引っ張り、肌蹴たワイシャツの隙間に顔を突っ込むと、細身の割りにしっかりとしているその胸元に思い切りかぶりつく。

「…ッ!」

上をちらりと見上げると、突然のことに驚いたのか眼鏡の奥のいつもすました瞳が少し見開かれる。その様子に満足したので視線を戻し、軽く痕が残るくらいで顔を離す。してやったり顔で再び上を見上げると、…見上げる、と…、


「…え?」


…先ほどの驚いた顔はどこへいってしまったのか、そこにあったのは猟犬顔負けのあくどい顔。「…もう時間がないというのに、」という言葉と、ため息をついている割に弧を描いている口元。いやな予感しかしない。


「…最後までするつもりはなかったが、」


その言葉とともに向き合ったまま徐々に壁際に追い詰められると、軽く抱き上げられ室内にある手すりに座らされる。そのせいで目線は彼よりも少しばかり高い。


「ぎ、宜野座さん…?」


見下ろす側になっても内心焦りまくる私をよそに、彼はゆっくりと銀のフレームの眼鏡を外し、胸ポケットにしまうと、軽く前髪をかき上げこちらを見つめてきた。
いつもとは違う濡れた色のある瞳に見つめられ、鼓動が大きく跳ねる。


やばいこの人目が本気だ。
ていうか完璧夜モードに入ってる。どうしよう。最後まで、てまさか…、思考はめまぐるしく働くが、肝心の身体は硬直したまま動かない。


そうこうしている内に腹部のワイシャツの隙間から手を差し込まれ、ゆるりと撫でられる。「ひぃッ!」とびくつくと、くつくつと聞こえる笑い声。
「も、もう着いちゃいますよ、ッ…!」と最後の抵抗を試みるも、「問題ない、それまでには終わる。」と言い首元に顔を寄せて軽く口付けをし始める。…どうやらやめる気は全くないらしい。



(…くすぐったいな、)

首元を掠める髪を感じながら、徐々に広がる甘い行為に身を委ねていると、「それに、」という言葉が聞こえ行為が中断される。
どうしたのかと思い目を開けると、そこには本日2度目の不敵な笑み。


"煽ったのはなまえだからな、"と耳元に寄せられた口唇から囁かれる愉しげな声。


…どうやら別のところの余裕を崩してしまったらしい、
自分の行いにひどく後悔をしながら眩暈のする頭を押さえていると、彼が笑ったようで空気が少し揺れた。



そして再び再開される甘い行為。
身体を這う甘い感覚に頭の中がぼんやりとする。
ふと上を見上げると刻々と数を重ねていく数字。






エレベーターが到着するまであと−−−、




密室恋愛。






ピンポーン


("87F 公安局刑事課 です。開くドアにご注意ください")


ガタン


(…二人して何やってるんだ?)
(こ、狡噛さん…)
(…こいつが資料をばらまいてしまってな、拾っていたんだ。)
(そうか。…? なまえ、顔が赤いけど大丈夫か)
(えっ、!あ、いやそのドジッちゃって恥ずかしいなーなんてはは、!…す、すみません私先行きますねッ!)




(…ギノ、)
(…何だ。)
(…本当は何してたんだ?)
(……何も。)
(…ネクタイ、曲がってるぞ)
(……)












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NG
(このエレベーター、獣の匂いがするぞ…!)
(…黙れ、狡噛。)

名探偵狡噛コナン。


ていうか87Fてすぐ出動できないよね。←

20121123