落下音を聞いただろうか

此処数日で寒さは厳しくなり吐いた息が白く色付くほどになっついた。
いつの間にか金木犀が散っていて今年も秋らしい秋が来ない。天気予報で伝えていた通り、最低気温は随分と容赦がない下がり方をしていた。緑間真太郎は学ランに袖を通しココアブラウンのマフラーを巻く。
玄関を開けると思わず身震いをするほどに冷えきった空気。
「おっ。真ちゃん、はよー」
「あぁ」
門の脇には見慣れたリアカー付きの自転車が止まっていて当然のようにサドルに座っているのは高尾和成。
第一ボタンを外して着用している学ランから覗くのは淡い緑色のパーカー。片手を上げて挨拶をする高尾に短く返して緑間は慣れた様子でリアカーに乗った。それを横目で確認した高尾は思い切りペダルを踏む。
最初の走り出しが上手く行かないとふらつく。ここ数ヶ月で高尾が学んだ事だ。自分のペースを掴むまで全力でペダルを踏む。最初は信号待ちの度じゃんけんをしてはどちらが自転車が漕ぐかと勝負をしていたがどうやっても高尾が負けてしまうので今では不毛な勝負はしていない。風を切る自転車に体感温度は更に下がった。顔に当たる空気が冷たいがその内に身体が温まるから高尾には調度良い。静かな住宅街を走る二人を不思議そうに振り返る人間は少なくなってきた。春先は取り敢えず二度見は当たり前で指を指されたり笑われていたが毎日乗っていけば学校では知らない者がいないほどの有名人だ。
たまにバスケ部の先輩も乗ってくるものだから何の違和感もない。慣れと言うものは恐ろしい。
「今日って朝練だけだよなー」
「放課後は業者が来ると聞いているのだよ」
「真ちゃんは練習出来ねーとかテンション下がるっしょ」
「当然だ」
まだ人通りは多くない。リアカーのタイヤがアスファルトを走る音だけ異様に響く中、二人の会話は少ない。聞き取りづらいと言うのもあるから一度話し出せば声は次第に大きくなる。主に高尾の声だが。
「おい高尾、止まれ」
「はぁ?なに、どした」
学校まであと数分の所で緑間が声を上げる。試合中に聞く真剣な声色に高尾はペダルを踏む力を緩めた。汗が滲み出してきて慣れた手つきで汗を拭う。これも経験を積んだお陰だ。
「おしるこを買い忘れているのだよ」
「ぶはっ」
「おい何を笑っている。早く止まれ」
「いやいやいや思わず吹き出しちゃったけど真ちゃんあのね此処から上り坂だから」
「だからどうした」
真剣な声だから何かと思えばいつも飲んでいるおしるこを買い忘れたと言って寄り道を要求する緑間に高尾はこの先に立ちはだかる上り坂を指差す。直進した先にあるそれを眼鏡を掛けているとは言え緑間が見えない訳も知らない訳もない。だが相手はあの緑間真太郎。わがまま放題で一年ながら特別に優遇されている人間だ。早く止まれと無言の視線が背中に突き刺さる。
「あーはいはい。止まる、止まれば良いんだろ。部活に遅れたって知らねー」
何だかんだとわがままを聞いてしまう辺り高尾も甘いのだが止まらなかった時の方が厄介だから大人しく従った。朝練の時間には十分間に合うように待ち合わせていたから万が一遅れる事などない。ただ折角勢いに乗っていたから降りたくなかっただけだ。ブレーキをかければ緑間は自動販売機で目当てのおしるこを買っていた。
正直どこで買っても同じだと言うのに緑間に言わせれば与えられる運気が違う、との事。ぬいぐるみを雑貨屋で買うのとデパートで買うぐらい違うらしい。一々気にしていたら訳の分からない緑間論を延々語られてしまうから高尾はもう口出しはしないと決めた。
「あー、やっぱ馬鹿だわ。つーかあれだ真ちゃんは運気が良いって言われたら絶対に壺とか買っちゃうタイプだ」
口出しはしないがこうして愚痴るぐらいは良いだろう。勉強は出来るのに占いや運気運勢ラッキーアイテムの単語が出てくると馬鹿まっしぐらな緑間に振り回される高尾は溜め息をついた。だが、それを楽しみながら付いて回る高尾も十分変わっていると本人は気付いていない。
「何をぶつぶつと言ってるのだよ」
「うおっ。今日は時間かかったな」
背を向けていた為突然声を掛けられ驚くより先に手のなかには温かなものが渡される。それはホットココアだった。転がせばカイロと同じぐらいの役割を果たしてくれる。
「えっ、なに、まさか奢り?」
「驚く事か?」
他人を気にかける事など少ない緑間が人に奢るなど明日は雪でも降るに違いない。驚く高尾を他所に緑間はリアカーに乗る。プルタブを開けて熱々のおしるこを飲むとほんの少し機嫌が良くなった。未だにココアと緑間を交互に見ていた高尾は口をあんぐりと開けたまま。いつもなら邪険に扱われる立場だが今日は意味もなく優しくて何だか気持ち悪い。緑間には悪いが彼の脳内では滅多に見られないデレ部分を正面から受けてまともに思考が働かない。
「何をしている。早く進め」
そして沈黙。
「あれ、真ちゃん歩かねーの?」
「は?」
「え?」
漸く言葉を発したが互いに首を傾げること数秒。上り坂まで百メートルもない距離から満足に助走も出来ずリアカーを引きながら走るなど無理難題。お前は一体何を言ってんだとお互いの心の声が聞こえてきそうだ。そんな中高尾は手の中で存在感を表すココアを見て合点がいった。奢ってやるから早く運べ。そう言いたいのだ。
知り合ったばかりの頃には分からなかった事が良くも悪くも理解できるようになり高尾はココアをカゴに突っ込み温かな手で顔を覆う。拒否権なんてある訳がない。これも足腰を鍛えるトレーニングだと言い聞かせサドルに腰を下ろす。
「…、前払いで貰ったからな、はいはい、仰せの、ままにっ」
「当然だ。遅れるなよ」
「それ、っ、お前が言う?」
歯を食い縛って出来る限り助走を付けると緩くはあるがやはり辛い上り坂をひたすら上っていく。こうなっては高尾の意地だ。受け取ってしまった以上その礼はしなければならない。普段は調子者のくせに変に律儀なのだ。リアカーに座る緑間は悠々とおしるこを堪能している。それを必死になっている高尾は知らない。
朝練前に自主的に励むつもりがまさかこんな所で体力を使うなんて思わなかった。部活の時間には間に合ったが普段の倍以上に疲労した高尾は緑間に先に体育館に行くよう手を振る。呼吸を整えて鞄を取り出すとカゴの中には先ほど奢ってもらったココア。空気が冷たいと言うことは湿度が低く乾燥している。喉の渇きを潤し疲労には甘いものの条件を満たすココアを取り出して一気に飲み干す。
「これも計算してたなら流石にこえーぞ」
それだけ言って高尾は部室に向かう。熱くなった身体を冷まさないように小走りで移動し部室の扉を開ければ同じくレギュラーの宮地がいた。
「はよーっす宮地サン」
「おー。今日は遅かったな。緑間なら先行ったぞ」
「どんだけマイペースなのよ真ちゃん」
わがまま放題の緑間がいち早く練習をしている事を知って高尾は制服を脱ぎながら項垂れた。
「お前がその内ぶっ倒れないか俺も木村も心配してんだぞ」
宮地の言葉を受けて今度こそ本物の優しさを感じた。ロッカーに学ランを押し込みTシャツの上にオレンジのジャージを羽織る。
「でも真ちゃん面白いから飽きないんスよね」
「俺、彼奴見ると轢きたくなるわー。つーかお前も十分変だ」
「えー俺は普通でしょ」
笑顔は浮かべていても物騒な事を言うのは日常茶飯事。そ
れより高尾は変わり者の自覚は持っていないのだと宮地は体育館へ向かいながら変人コンビだと口には出さないながらも横目で15センチ下にいる高尾の頭を見ながら思うのだった。


1日の授業が全て終わり放課後になると途端に廊下が賑やかになる。部活に行く生徒や帰宅する生徒が溢れていた。今日の放課後バスケ部は練習が出来ない為珍しく休みだ。平日に休みなんて何ヵ月ぶりだろうか。
流石にテスト期間は休みだがそれ以外では特別な事がない限り毎日練習をしている。
「真ちゃん。バッシュ見に行かね?」
帰宅準備をする緑間に誘いをかければバスケ関連だからか断る事はなかった。いつもは夕陽が沈んでから帰宅する。まだ明るい帰路を今日は曲がり行き付けの店へと向かう。他の部員よりも練習量が格段に多い二人のバッシュは通常よりも早く駄目になってしまう。調度土日辺りに買いに行こうと思っていたから緑間にも断る理由などない。店内に入れば目当ての場所に行き納得のいく品を捜す。小一時間程で買い物は終わり店を出た時、高尾の視界は見知った顔を捉える。
「よぉ」
「高尾くん、こんな所で会うなんて珍しいですね」
「げっ、緑間も居んのか」
「それは此方の台詞なのだよ」
そこには誠凛高校バスケ部レギュラーである黒子と火神が調度帰宅途中だったようだ。緑間と睨み合いを続ける火神に二人は溜め息をつき互いの相方は放っておく事にする。
「誠凛さんも今日は休み?」
「はい」
「こんな所じゃ邪魔になっちまうし場所変えよーぜ」
「そうですね」
店の前で190を越えたでかい二人が居ても威圧感以上に店に迷惑が掛かる。近くにあるファミレスに入る際、漸く緑間が文句を言い始めたが丸め込んで黒子の隣に座らせた。先にドリンクバーを頼みメニューを捲る火神は料理を決めるがいつもの大食漢ぶりを見せず控えめだ。それでも普通に一人前を頼んでいる。
「なに、気分でもわりーの?」
「いやさっきカントクにな」
思い出しただけでも苦しそうな表情を浮かべる。
「これでもかと言うほどカントクの料理を食べさせられましたからね」
火神の代わりに黒子は説明を始める。経緯はこうだ。冬の直前合宿と称した強化練習の際に手料理を振る舞うから部内で料理が上手い火神に試食とアドバイス、作り方と指南を受けたい申し出があった。
以前指導のあったカレーは問題なかったが何分料理が多く胃が満たされる処か容量いっぱいに詰め込まされたとの事。しかし成長期の男子高校生の胃袋は少し歩けば消費を始める。話を聞いていた緑間は呆れて溜め息しか出なかった。苦しいと言う割には黒子よりも注文する姿に高尾は呆気に取られる。
「あ、真ちゃんは何にするよ」
「まだ決めてないのだよ。先に頼め」
「じゃあ俺、ハンバーグセットで」
高尾は注文を終えてメニューを黒子に渡す。その際にドリンクバーへ移動し自分の飲み物と緑間の分も用意する。
流石におしるこは無いから今日のお返しにとホットココアのボタンを押す。色も似てるから問題ない。カップ二つを持って席に戻れば三人はバスケの話題で何とか場は持っているようだ。普通に会話をする姿さえ高尾には面白くてにやける口元を隠さず緑間の前にホットココアを置いた。
「何をにやついている」
「いやおもしれーなって。はいはい真ちゃんはココアだぜーあったまれ」
「黙れ余計なお世話だ」
「照れんなって」
制服をきっちり着ているが防寒具はマフラーだけだ。渡されたカップを持ち文句を言いながらも飲む姿に高尾はにやにやと笑いを浮かべる。横から二人分の視線を受けて緑間が湯気で眼鏡を曇らせ視界がゼロになっている間に悪戯な笑いを向けた。調度料理が運ばれてきて各々注文したものを口にする。四人だと会話がそこそこに盛り上がりやはり内容は共通のものだ。これが三人だった場合には絶対に盛り上がらなかっただろう。先ほどもぎこちないほどの間があった。
全員が食事を終えるより先に高尾の携帯が震えた。メールではなく電話を知らせるもので一言告げると席を外す。
緑間と火神は黙々と食べ続け黒子は一人窓の外を見ている。やはり盛り上がらない。ムードメーカーでもある高尾が居ないだけで静かになった席。だが居心地の悪さを感じたものは居ない。
完全に個人の世界に入っているからだ。他の席より確実に異質な雰囲気は電話を終えた高尾にも感じ取れた。足早に戻るが彼が席に座る事はなく顔の前で手を合わせる。
「ごめん。妹ちゃんから電話入って帰宅命令が出た。真ちゃん、送れなくて悪い」
「気にするな。早く帰ってやれ」
電話の内容を伝えると緑間は納得した様子で食事を続ける。黒子と火神にも一言ずつ残し自分の代金だけ置いて足早に店を出ていった。
「お前は一緒に帰んなくて良かったのかよ」
「何故だ」
まだ食事をしている途中だと言う緑間は意図の理解できない質問に疑問を浮かべるしかない。帰り道は途中まで一緒だが歩いて帰る事が苦な距離でもなかった。最後の一口を食べ終えた火神はコーラを飲み干す。
「緑間くんって鈍いですよね」
「いきなりなんなのだよ黒子」
「ちょっと高尾くんが不憫に思えてきました」
「明らかにお前の事が好きってオーラ出してるから一緒に帰ってやるもんかと思ったぜ」
「は、」
今まで黙っていた黒子が口を開きそれだけ言ってまたアップルジュースを飲み出す。それを畳み掛けるような言葉に緑間の思考は停止。一呼吸置いて言われた内容を理解する為に何度も繰り返される。
「あいつってお前のこと好きじゃねーの?見てて分かりやすすぎだろ」
「ちょっと、まて」
「と言うかあれだけあからさまな行為を示されていて分からない緑間くんはどうかと」
「待て。待つのだよ」
今まで口を開こうとしなかった黒子が饒舌になっていきなり息ピッタリに話始める。緑間は手に持っていたカップを落としそうになるほど動揺を見せた。そんな中、二人が目を合わせた事に気付けないほど秀徳のエースは混乱している。突然始まった話についていけない。何がどうしてそうなった。口にするより先に伝票を持った火神が席を立ちレジへと向かう。
三人とも食事を終えて立ち上がり会計を済ませ店を出た頃には辺りは暗くなっていた。街灯に照らされ人通りが多い為、賑やかなままだが先ほどより確実にサラリーマンが増えている。家路に急ぐ者が多い。
これが住宅街ならば今は夕飯の匂いで充満している。食った食ったと満足げにしている火神は混乱して未だに状況を把握出来ていない緑間を見て口元を緩めた。どうせ耳に入っていないだろうと黒子に別れを告げて帰路につく。
残された黒子は一歩も歩かない相手に痺れを切らせ一歩二歩と進み思い出したかのように振り返る。
「僕から見れば緑間くんも大概分かりやすいですけどね。」
中学時代からの付き合いですから。そう付け足して一人取り残された緑間の携帯が震えた。熱が一気に顔に集まる感覚を覚え次に此処が往来だと気付く。マフラーに顔を埋めると足早に去った。差出人は見慣れた、常に受信ボックスの一番上にいる人物。高尾からだった。内容は至ってシンプル。今日は先に帰った事に対する謝罪。
いつもの緑間なら返信しただろうが火神と黒子の言葉を思い出して、つい電源ボタンを押す。また最後に黒子が言った事に対しても反論が出来ず頭を抱える。口にした事など一度もないが緑間は確かに高尾に対し恋愛感情を持っていたのだ。ひた隠しにするはずがあっさりバレている事実にも頭痛を覚える。常ならば口煩く反論するが辟易した。


日付変わろうと言うのに一向に携帯は震えない。高尾は親指でスライドしても何の反応もないそれに首を傾げる。
普段ならどんな内容を送っても律儀に返信がある。今日に限って無いとは一体どう言う事なのか。メールの一通や二通返信が返ってこないぐらいで思うが相手はあの緑間だからこそ高尾は反応がない携帯を見ては溜め息を吐く動作を何度もしている。仕方なく電気を消してベッドに入り夜が明けても返信などなかった。

「なにこれ。もう5日だぜ5日。なーんで話し掛けてこねーの」
それから、だ。緑間が高尾を避けるようになったのは。共に行動をする事が多い二人が別々に歩いているだけで部員からは何があったのかと聞かれ練習中に高尾が話しかけても邪魔をするなの一点張り。
1日2日経てば緑間の機嫌も直り元通りになるだろうと踏んでいた。だが、その予想は大きく外れてしまい今に至る。メールも当然返信がなく我慢の限界を迎えた高尾は帰宅したフリをして一人自主練を続ける緑間を戸口にもたれ掛かりながら見ていた。黙々とシュートを決める緑間はまるで周りが見えていない。

それにしたって、危なげないシュートばっかじゃん

ネットを抜け落ちるボールは正確さに欠けていた。練習中も身が入っていないのか宮地にスティールを決められて大坪には心配される始末。時計は18時45分。最終下校はとっくに過ぎている。
見回りの教員が来るまで15分とないのに片付けを始めない。
「おーい真ちゃん。先生来ちゃうよ」
「なっ、帰ったのではなかったのか」
「ちょっと忘れ物したからな。ほれ、片付けんぞー」
何も忘れてはいない。強いて言うなら一緒に帰る緑間くらいだ。転がったボールを投げ付けられると言葉に詰まりながらも後片付けを始める。妙な空気が流れ始め緑間を部室に送り出し高尾は残りの片付けを終えた。
「やり過ぎたか」
一人呟いた言葉は広い空間に響いては消える。戸締まりを確認した頃には外も静寂に包まれて佇む校舎は不気味さを際立たせた。部室では着替え終わった緑間の重苦しい溜め息で充満している。
好きだと意識し、また高尾も己が好きなのではとの他人の憶測が脳裏に浮かんでは消える不可解であり非常にフラストレーションが溜まる状況を打破したいと緑間自身考えていたのだ。扉を開ければ高尾がいる。
自意識過剰でもなんでもなくそれが緑間にも高尾にも当たり前の行動だからだ。いっそ伝えた方が良い。周りにも迷惑をかけ練習では失敗ばかり。
「高尾…、…」
疑う事なく扉を開けた先には高尾の姿どころか人一人としていない。体育館、自転車置き場と足を伸ばすも高尾が待っていた痕跡もなく正門まで歩けど目的の人物は居なかった。
その先には息を切らして汗を拭う人物が居るとも気付かない。
「なにやってんの俺」
待っていようと決めていた高尾だが、いざ出てきた時にどう声を掛ければ良いのか分からずまた無視を決め込まれたらと考えた結果、その場から逃げるように去ってきた。言いたい事はあっただろう。言葉より先に拒絶される事を拒んだ。頼りない電球の下で呼吸を整えると高尾は帰り道を変える。
「あー、本当に俺馬鹿じゃねーの。真ちゃん以上に俺が馬鹿でどうしようもないっつーの」
「全くだ」
「だよなぁ。俺だって真ちゃんが…………へ?」
「何を、勝手に帰っているのだよ…っ、」
独り言にまさか返事をされるとは思わず頭を抱えた高尾は壊れた人形のように首をゆっくりと声のする方に向ける。
調度曲がり角を曲がった先、下り坂に隠れていく後ろ姿を見た途端に緑間の足は勝手に走り出していた。冬の寒さが増す中、汗を拭う姿を高尾は凝視したまま動かない。まさか追い掛けてくるなど誰が考えるか。
「は…っ、俺だって、なんだ?」
「え」
「なにかを言い掛けただろう」
独り言のつもりで放った言葉を危機逃さず続きを続けるように高尾を見れば視線は忙しなく動かされ濁した言葉を紡ぐ。反対に目を逸らす事なく視線を投げ掛ける緑間に高尾は息を吐き降参のポーズを取る。
「俺さぁ、真ちゃんに振り回されてばっかりだったから黒子と火神に頼んだんだよね」
それは望んだ言葉の先では無かったが、なぜ二人の名前が出るのかと疑問を持つ。
5日前の出来事が緑間の脳裏を過る。
「で、皆の話聞いてると真ちゃんも俺の事好きっぽいし?もっと意識させてやろーって考えて二人に頼んだ訳。そしたら次の日から避けられるわで逆効果」
「何故そんな遠回しな方法なのだよ」
直接言えば良かったのでは。正しく正論を投げ付けられて高尾は腕を下ろして肩を竦める。彼の本当の目的は此処からだったのだ。
「俺の事で頭がいっぱいになって欲しかったんだよ」
常に我が儘で唯我独尊な緑間に楽しみながらも引っ張り回されているのは高尾の方だ。
授業中でも帰宅しても考えるのは緑間の事でそれを相手にも味わって欲しかった、それだけだと笑う。他人を巻き込んだ形を取った結果、5日の間何の会話も無くなってしまったことだけが高尾の中で誤算だった。
人づてに聞いた情報は間違っていたのかと疑うほどだった。
「で、どうだった?俺の事考えて、って、っ…」
黙ったままの緑間に誤算はあれど悪戯が成功したとばかりににやにやと口元を緩めて普段浮かべる表情になった高尾の胸ぐらが掴まれる。そのまま二人の唇は重なった。強引に重ねては離れ、何度目かのキスで漸く距離が空いた。
吐いた息が色付き消えていく。高尾は呆気に取られて互いに至近距離で見つめあう姿勢となった。
「下らん事をするな。そんな事をしなくてもお前の事はいつだって考えている。」
吐息がぶつかり合う距離を保っていたがどちらともなく離れ一呼吸開けて高尾は耳まで赤く染めた。その様子を横目で見ていた緑間は強引に手を引き歩き出す。引きずられる形になった高尾は握られていない方の手で顔を覆う。
「…真ちゃん、ずり」
眉を寄せて赤く染まる表情は泣き出してしまいそうに歪む。手を握り返す力を込めれば答えるように強くなり更に高尾の頬を染める要因となる。
有無を言わさず歩き出した緑間も防寒具など要らないほどに体を熱くさせていた。
唯一赤くなった顔を隠すマフラーには感謝していたが。

「狡いのはどちらだ」

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