鷹が青空に誓った日A

会場が湧く瞬間。歓喜する。あぁまた一つの夢を潰してやったと。
緩んだ口元はいつしか歪んでいったと誰かが教えてくれた。
今日も今日とて地区予選を勝ち上がった俺達のチームは同じ地区の、名前も知らない高校と試合をしていた。
こっちのチームにエース様は居ない。来る筈がないんだ。
こんな弱い学校でアイツを使うなんて馬鹿げていると俺がキャプテンに言えば食えない表情を浮かべたあの人はいとも簡単に了承してくれた。
まぁ若松さんはぎゃんぎゃん煩かったけど、これはいつもの事。
別に気にしなくても大丈夫だ。
「キャプテーン。交代宜しく」
「もうえぇんか?」
眼鏡を押し上げながら涼しい顔をするその人は本当に何を考えているのか分からない。
中学時代も一緒に居たって言うのに。
「いいっしょ。相手の士気は完全に無くなっちゃったし」
「ほんま恐ろしいな」
「キャプテンに言われたくねぇっすわ」
俺、あんたほど、今吉さんほど性格悪くないんで。
そう告げると汗をかいた頭に触られイラついた。
何勝手に撫でてんの。特に今は気が立ってんだから止めて欲しいのに。
この人は態と撫でてきたに違いない。
常に人を嘲笑うような姿と性格は俺が知る中でこの人が一番だ。
それでも何だかんだこの学校に来てしまったのはこの人が俺と同じだって知っているから。なーんて。
本音を中々見せない今吉さんの事だから単なる気まぐれだろうけどさ。
稀にポジションまで弄って遊ぶその癖、どうにかした方が良いよ。
あんた元々ポイントガードだった訳だし。
「高尾くんお疲れ様」
ベンチに戻ると普段とはまた違う空気を纏ったマネージャーにタオルから受け取り水分補給をする。
「んー、ありがと。青峰と連絡取れた?」
「ううん」
「そ。今度どこと試合?」
もう今やってる所は良いや。こいつら負け確定だし。
次の試合相手のデータを貰い目を通す。
俺のやりたい所ではない事は確実だ。
それでも一応目を通しておかないと今吉さんもいきなり俺と交代したりするからな。
勝手と言うか人を駒みたいに扱いやがって。
まぁ俺もコートに立てば敵と味方を駒のように見立ててゲームメイクする訳なんだけど。
そういう所も似てるから。
同族嫌悪って言葉があるけど今吉サンはちょっと違うんだよなぁ。
あー、そんな事言ってたら試合終わったよ。ブザーが鳴り響く。
負けたチームが悔しそうな顔をしていて背筋が少し震えた。
あぁでもまだ足りない。そうじゃない。
俺が感じたのは。もっともっと。
腹の奥から体全体から溢れる何かだった。
「高尾っ、てめぇ!途中から手ぇ抜きやがって」
「あーもう若松さん煩いんですけどー。俺、手なんか抜いてませんー真面目でしたー」
「何処がだよ。相手と話してただろうが」
試合が終わっての控え室で恒例の若松さんの煩い声が響き渡る。
ユニフォームを脱ぎ耳を塞いだ。
あーもーうるせー。青峰が居ても居なくてもこの人は煩すぎるだろ。
試合終わったのにホント元気だ。
「あれはもう試合する気がなかったみたいなんで、もっと頑張ってくださいよーって言ってただけですよ」
「お前と話した奴が交代するのこれで3人目だぞっ」
試合中、別に大した事言ってないのに。つーかよく数えてんね。俺覚えてない。
此処最近なかったけど、レギュラー入りしてからそんなに交代させてたか。
「正確には4人やけどな」
「うっわ、今吉さん数えてたんですか。正直引く」
「あったり前やろー、今年の一年は曲者揃いで困ったもんやな」
「その曲者はあんたが直々にスカウトした奴ばっかでショ」
着替え終わった俺はロッカーの扉に凭れ掛かり、やっぱり笑ってる今吉さんを見上げると、一層笑みが濃くなる。
緩く絞めていたネクタイをきっちり上まで上げるから。息苦しい。
もう帰るだけだから良いじゃん。全員が着替え終わり外に出ると日が傾いている。
俺たちの試合の他にも色んな学校が来ていたから他校の制服を着た学生で溢れかえっていた。
それを偵察に来た奴らだったりと結構な人数が居る。
桐皇を偵察に来る奴も居たとかさっき誰かが話してたような。
ここ数年で一気に力を付けて今年はキセキの世代のエースが入ったって言うから目を付けられてるんだと。
「じゃ。俺寄る所あるからこっちから帰りまーす」
「おー、青峰によろしゅう」
俺、青峰の所行くって言ったか。いや言ってないよな。
「あ、すいません。僕も同じ方向なんで」
後ろから申し訳なさそうな足音を聞き俺は溜息を一つ。
同じ学年でスタメンの桜井は別に嫌いじゃない。
と言うかチームメイトは別に好きでも嫌いでもない。興味があるかないか。
その中でやっぱり同い年の桜井は興味がある部類に入る。
まぁ何て言うか、あいつと同じポジションでスリーポイントが得意だからなんだろうけど。
「学校戻るんですか」
「俺そんな事言った?」
「あぁスイマセン!」
「まぁ合ってるけど」
これと言った用事は無い。只無性に練習がしたくなっただけ。
試合やった後だって言うのにどんだけバスケ好きなんだよ。
俺は。本当、どうしようもないほどバスケ馬鹿だ。
駅まで桜井と授業の話だったり若松さんが煩かったのだと愚痴を溢す。
反対の電車に乗る桜井と別れた俺はホームへと向かう。
そこで学ランの集団が前を歩いていて階段を歩いているから余計に感じた威圧感。
会場の最寄駅だから何処かのバスケ部だろ。
でけー。190超えてる奴もいるし。
あぁ、でも何か何処かで見た事あるかも。
マネージャーに渡されたデータに乗ってる奴かも。
とか考えていると見知った後ろ姿があった。
あぁ、そっか。なんだ。どこの高校か分かった。
何十回何百回とデータを頭に叩き入れた高校だからよく知ってる。
あと蜂蜜色の髪も知ってる。それは幼い頃から見てきたもので。
校則が厳しいと噂のそこでよく注意されないよな。
なんて他人事。だって本当に他人だから。
少し離れた所を歩く俺に気付かず歩く集団を捜す。
試合でもないって言うのに鷹の目を使って。
なんだ。いねぇじゃん。まぁ居なくて当然かもなぁ。
「つーか何で緑間の奴来ないんだよ轢くぞ」
「興味ないって昨日言ってただろ。宮地、明日なら軽トラ貸すぞ」
あぁやっぱり。最近聞いてなかった声と。
一つの名前を聞いて俺は口元を歪めた。
天才にはこんな試合興味ねーってか。
まぁそれもそうだろうな。たかが地区予選ってうちのエースも言ってたし。
流石キセキの世代だわ。
鞄からヘッドホンを取り出し音を遮断した。
好きなアーティストの曲が流れ出し学ランの集団、秀徳バスケ部とは向かいのホームの電車に乗り込んだ。
乗り込もうと、した。
「っ、な、」
「お前っ、」
後ろから勢いよく近付いてきた誰か。
一瞬反応が遅れて、いきなり腕を掴まれそうになったから思い切り振り払ってやった。
誰だよ今日は目使うと頭痛くなりそうだって言うのに。
舌打ちを一つして顔を上げれば、その拍子にヘッドホンが肩に落ちた。
「久しぶり」
お得意の笑顔を浮かべた。あぁなんだ。
蜂蜜色の髪が目に入り高校受験のあと、卒業式の前日に聞いて以来の声が鼓膜に届く。
どこか驚いた戸惑った表情に俺はまた笑みを深める。
突然腕を掴まれそうになった事には驚いたけど。
その存在は知っていたから。
「お、おぉ。久しぶりだな」
「元気でしたか宮地サン」
「、っ」
言葉を無くしたって表現がよく似合う表情。そりゃそうだ。
だってあの時はまだ敬語じゃなくて、宮地サンだなんて他人行儀で呼んでなかったから。
「もう扉しまっちゃいますよ。早く戻らないと」
向かいの電車もあと数分で発車する放送が鳴り響く。
こっちはもう発車を告げるベルが鳴り響きとんだ不協和音だ。
伸ばされた手を振り払い俺は扉から離れた。
まだ何か言いたげな顔は閉められた扉から殆ど隠れ。
ゆらり、電車は進んでいく。俺は笑みを崩さない。
いつか会うと思っていた。会いたいと思っていた。
でも、それは今じゃない。会うべき時は今じゃない。
互いにユニフォームを着た時、あんたと同じチームにいる奴をぶっ潰す時、初めて顔を合わせたかったよ。
ね、宮地サン。
電車は揺れる進む。
夕日が眩しい車内で俺は肩に落ちたヘッドホンを耳に当てた。
曲はずっと流れたまま。
今度こそ音を遮断して流れる景色を見つめる。
学校に戻ると他の運動部は片付けを始めていた。
賑わうグラウンドを横目に静まり返った体育館へ足を運んだ。
あ、やっぱり居た。
マネージャー情報はやっぱり凄い。
幼馴染だって聞いたから何となく分かるんだろうけど。
俺もさっきそうだったから。
「今日一日此処に居たとか。暇?」
静かな体育館の一角。
ステージ上でボール片手に寝そべる相手に足音を立てずに近付く。
意味がない事だって分かってる。
入口に立った時点で俺が来たと気付いているからボールを手放した。
広い空間にボールが跳ねる音が響き、それは俺の足元にぶつかる。
「んだよ、さつきじゃなくて高尾か」
「俺じゃご不満だった?わりーね」
「誰でも一緒だろ」
ボールを拾い上げ代わりに鞄を下に置いた。
低い声は響き夕焼けが真っ赤に染まっているのにその髪の色は目立っている。
青い色。青い青い空の色。
「帰らねーの、大ちゃん」
「その気持ちわりー呼び方やめろ」
「マネージャーちゃんも呼んでたじゃん」
それは別?目元を細めて、そのままシュートを放つ。
真っ直ぐゴールに向かったがそれなりに距離があるから当然のように落ちていく。
派手な耳障りな音。だるそうに身体の向きを変えた青峰と目が合う。
やる気も覇気もない。
俺が青峰を初めて見た時はもう少しだけ違う印象だった。
奴は言う。つまらないと。
「お前のシュートじゃ入んねーよ」
「じゃあ大ちゃんなら入る?」
「だからそれやめろ」
「こうやって呼ばれるの嫌いなんだろ。だから呼ぶんだぜ察しろよ大ちゃん」
にんまりと、あぁまるで今吉さんよりも悪い顔してるかもなんて考えると青峰はめんどくさそうに頭をかく。
手近にある転がって動かなくなったボールを拾い上げると、まためんどくさそうに身体を起こしステージから飛び降りる。
軽くドリブルをして流れのままパスをすると綺麗とは程遠いが俺ですら予測の難しい動きでゴールに叩き込む。
やる気ないんじゃねーのかよ。ダンクまでキメちゃって。
「あー、だりー動いたら腹減ってきた」
「なんか食って帰れよ」
転がったボールをもう一つ広い上げると青峰はその場から動こうとしない。
あぁ、なにまたパス出せって?
お前、試合中パスとか連携とか嫌うのに。
決まって試合のあと、誰もいない体育館で練習とも言えないこの妙なパスとシュートを繰り返す。
俺も何も言わない。青峰も何も言わない。
練習嫌いだって言いながらも毎日ボールに触るこいつもバスケ馬鹿だ。
「大ちゃんさー、練習すると強くなるとか言ってた気がする」
「これが練習になんのかよ」
「ならねーかも」
こんな子供みたいな。気まぐれに決まる時間や本数。
つーか大ちゃん呼び、我ながら気持ち悪い。
ボールが宙を舞う。でも、高くは上がらない。
あんな風に。あんな、ハーフコートから飛んでいくシュートじゃない。
ゴールネットに掠りもしない。あんな、もの。
「なぁ青峰。俺のお願い一個聞いてよ」
「あ?」

あっさりと破れたから。まるで俺の夢なんて。目標なんて。
あっさりと彼奴らは嘲笑うかのように。
凡人に届かない場所でいとも容易く踏み付けていったあの日を鮮明に覚えている。
忘れようにも無理だ。
蝉が鳴いていた日。コートの隅で鳴り響いたブザーの音。
まとわりつく汗と張り付くユニフォーム。
痛みを訴える目と許容を超えた頭。
総てが悪夢のように。嘲笑っていたから。俺はきっと忘れない。
なぁ高尾。俺もう辞めるわ
だってどうせ頑張ったところで凡人は天才に敵わない。
叶わない夢だと知った部員が姿を消してボールに触れる事をやめた。
圧倒的力を前にして皆努力をやめた。
先輩たちから頑張って後輩を引っ張ってやれる3年生になれって言われたのに。
あぁ、これじゃまるで意味がない。試合中ノルマだのなんだのって声が聞こえた。
俺と戦ってるんじゃない。
俺たちと戦っているんじゃない。
数ある学校のチームの一つ。勝って当然の。
まるで風景の一部のような。扱い。たかが凡人と天才と言われる、そいつら。
それも二軍だ。
その中で馬鹿みたいに高いシュートをする奴はまるで相手チームのエースである俺なんて見ていなかった。
俺たちを負かした後は次の試合の事を話して。気付いた。
あぁ。俺、何やってんだ。って。
ろくにゲームメイクも出来ず、振り回されてパスも回せなくて。
で。チームメイトはバスケをやめると言う始末。
心が折れそうになった。いや、折れていたんだと思う。
どれだけ時間が経っても目を閉じれば鮮明に思い出す。
皆は何も言わなかったけど全く機能していなかった俺を責めているんじゃないかと思うと吐き気しかなくて。
悔しくて悔しくて。
練習を重ねてきた。何度も吐いた。
限界まで目を使うと情報量も半端じゃなくて頭が痛くて。
そんな時に。あの食えない笑みを浮かべた今吉さんが学校に来ていた。
俺ん所来たら、その悔しい思い晴らしたるで。
お前が憎くてしゃあない奴とリベンジさせたるわ。
たったそれだけで、俺は桐皇の進学を決めたのだから単純。
聞けば青峰なんて練習に参加しないって事で進学を決めたのだから、もっと単純だと笑ったけど。
正直、なんでも良かった。
あいつと戦えるのなら。本当に何でも良かったんだ。
「俺さ、緑間に勝ちたい」
凡人が天才を負かす瞬間を。
俺は味わいたいんだ。

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