拍手SSB

俺が笑いながら手を振ると、あの人は綺麗に微笑み手を上げる。あんな風になるにはどうすれば良いんだろう。ならなくて良いなんて笑われたけど少しでも近くなりたい憧れで尊敬していて、とてもとても好きな人。
「寒いなー真ちゃん」
「口を動かすより体を動かせば良いのだよ」
へいへーい。その通りですねエース様。動かないから寒いのか。制服よりも薄いジャージの下は半袖のシャツ。今から体育の授業でサッカーをやるとか。運動は嫌いじゃない。隣で準備運動をする真ちゃんはスポーツは何でもそつなくこなすんだろうなぁ。なんて言ってもエース様だし。キセキの世代緑間真太郎って言い方は嫌いだ。だってこいつは秀徳高校バスケ部の緑間だから。未だに言われるのは腹が立つ訳よ流石の俺だって。今まで相棒なんて言われる立場でパスを回してきたゲームメイクをしてきた俺からすれば酷く面白くない。
「じゃ真ちゃんにパス回しちゃって良い?」
「ふん任せるのだよ」
「遠くから蹴っても一点だからな」
「俺を馬鹿にしているのか」
いんや?ただの確認よ確認。でもやっぱ真ちゃんって言うと遠くからゴール決めちゃうんじゃね?凄いけど俺笑いが止まんねーよ?ボールを蹴って感触を確かめていくと段々身体が温まっていく。それでも吐く息は白くて俺はどんよりと重たい雲を纏った空を見上げた。これ雪降るんじゃね。降ったらテンション上がるよなー。積もった時にはどうなるんだろ。今、真ちゃんの迎えはしていないから自転車じゃない。雪の中歩いて登校とか、結構憧れるんだけど。ま。あの人は寒さが苦手だから雪なんか降った日には機嫌悪そうだけど。
「あ」
「どうしたのだよ」
「いんやー?なーんも」
漏れた声。見付けた。二階は三年の教室で窓際前から三番目の席に見慣れた姿。真面目な人だけど授業は案外聞いてないのか。それとも今、先生の関係がない話なのか。宮地サンは空を見上げてた。視力が良くて視野が広いってこう言う時便利。まぁサッカーゴールが校舎に近いだけなんだけど。真ちゃんが俺の視線を追うより先に軽く背中を叩く。
「そうか。ミニゲームが始まるぞ」
「ちょいちょいっと頑張ろうぜぇエース様」
「馬鹿め俺はいつだって人事を尽くす。全力で相手を負かすのだよ」
「わーお、真ちゃんかっこいい。頼もしいね」
メガネのブリッジを押し上げる姿と上がった口元を見れば雪が積もるよりテンションが上がる。どうにも負けず嫌いな俺と真ちゃんはミニゲームだろうが何だろうが手は抜かない。あとは、ほら俺らって授業の態度も真面目だから。なーんて。
「お前ってジャージ嫌いなのかよ」
放課後。突然宮地サンから言われた一言に首を傾げた。ジャージが嫌いとか有り得ない。動きやすいし温かいから好き。
「え?いや全然」
「サッカーん時半袖のアホ見たんだけどよ」
「あ、見てたんですか」
空見てただけじゃなかったのか。うわー。サッカーに夢中で気付かなかった。
「すげー盛り上がってたからな」
「真ちゃんがマジになっちゃいまして」
「パス出してる半袖馬鹿も結構マジだったろ」
「宮地サンひどいっ。あれは熱かったからですよ」
サッカーコートは広い。即席チームだからポジションなんてキーパーだけ固定であとはあって無かったようなもんだ。だから走っては真ちゃんにパス出してた。身体を動かせば動かした分だけやっぱり暑くて途中から小学生みたいに半袖でサッカーをしていた。それを半袖馬鹿とか高尾ちゃん泣いちゃう。
「暑い?ねーわ。マジでねーわ」
「宮地サン寒いの嫌いですもんね」
「なんで冬なんかあるのか分かんねーし」
鼻先を真っ赤に染めた宮地サンがマフラーに顔を埋めた。あ、その姿可愛い。言ったら鞄が顔面を直撃しそうだったから黙ってた。部室で着替えている間、外で待っていたから声掛けたのに俺はもうバスケ部引退したからとかもうOBだからとか言うから冬の寒さが鼻をツンと刺激したとか。信じない。成績が良いからとか大学が決まったからとか良いながら宮地サンを始め大坪さんに木村さんレギュラーの人たちは暇があれば顔を出してくれる。あの試合は今思い出すだけで吐き気がする。広い視野と速さだけが取り柄の俺はあの試合でしっかり役割を全う出来てたか?あぁ駄目だな考えるだけ思考がぐるぐる回る。
「高尾」
「あいて」
「カイロ冷めた。替え、持ってねぇ?」
視界が真っ暗になった。役目を終えたカイロは酷く冷たい。
「えー、俺ので良かったら」
流石に替えまでは無くてポケットからぬるいカイロを宮地サンの腕を掴んで冷たいそれと交換した。視界が明るくなり宮地サンと目が合う。なんか言いたそうな顔してる。
「これもうぬるいじゃねーか」
「それしか持ってねぇっす」
「ちっ。仕方ねぇ」
「俺の善意を舌打ちとか。泣きますよ」
「泣かない奴が何言ってんだか」
あー、もしかして俺、変な顔してた?宮地サンいるのに別のこと考えてたし。何でこの人の前だと上手く出来ないのか分からない。
「えー俺だって人並みには泣きますって」
「あっそ。あー、さみ」
この人って本当によく分かんねぇんだよな。分かりやすいと思ったら分かりにくい。今だって俺の話に対しての返事があっそとか本当にもう会話する気あんの?文句言いながら俺のカイロを奪いポケットに入れた宮地サンは大きな背中を丸め歩く。こう言う姿も結構可愛いのに。言ったら俺、明日生きてられるか分かんねー。
「高尾寒い」
「俺が寒いみたいに言わないで下さい」
「殴ったら温かくなるかなるよな」
「なる訳がないです」
会話のキャッチボールが出来ない。豪速球の変化球とか取れるキャッチャーっているのかよ。俺の鳩尾目掛けぶつかる言葉と言葉のやり取りは今に始まった事じゃない。
「早くあったかくなんねーかな。」
「は、……」
何気ない話題の一つなんだろうけど瞬間、息をすることさえ忘れた。
「あ?」
「あー…、はは、そうっすね」
上手く誤魔化せただろうか。あったかくなれば。つまり春に早くならないかって事で、それはつまり。あんたがいない生活の始まりでもある。この人は先を見据え前を向いているのだ。俺はなんて小さい人間なのか。あの敗北は悔しくて悔しくて。この人たちともっとバスケがしたかった。笑って迎えたかった最後は。俺たちにはなかった。
「…。俺、ちょっと寄り道」
「へ?あ、マジっすか。じゃあ俺は」
言うより先に何故か冬の寒さで泣いてしまいそうだった。肺に入った空気はとても冷たくて宮地サンの表情が上手く見れない。残り僅かの日数しか残されていないのに。泣き出してしまいそうな顔を見られたくなくて俺は普段の帰り道へ足を向けた。
「帰ります。それじゃ、宮地サン」
「ん」
俺は今、どんな表情をしてんだろ。
手を振れば宮地サンは小さく右手を上げて返してくれる。その姿が結構好き。言わないけど。言った事は一度してないけど。俺に背を向け歩き出した宮地サンをひたすら目で追っていると今度こそ泣いて、しまい、そうで、っ。

「……一緒に来たいなら素直に言っとけよ」

足が勝手に動いていた。吐き出した息は白くて吸い込んだ空気は冷たくて遠ざかる背中は大きくて思わず足を踏み出し手を伸ばせば案外早く宮地サンの背中に届いた。思い切りぶつかったから怒られるかと思ったけど降ってきた言葉は柔らかくて。今度こそ泣いてしまいそうだ。泣かないと。決めたのに。
「…、っ、宮地サンと一緒に、行きたい」
「さみーから早く行くぞ。付いてこいよ」
ぬるくなったカイロで少し熱を帯びた手が俺の指先を包むように握ってきて、普段の怖さや厳しさなんて感じさせない。冬が嫌いな宮地サンには悪いけど。春なんて来なければ良い。俺は手を握り返しながら、吐き捨てるよう一人、笑みを浮かべた。


【少年は今しか思考出来ない】

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