拍手SS@

寒さが酷くなってきたと感じた時には最低気温が限りなく0に近くなっていた。マフラーに顔を埋め手袋まで準備した俺は中々に用意周到だ。雪なんて降らないと思うけど吐き出す息は白く色付いている。防寒具があるとは言え寒いものは寒い。外を歩けば全く寒くないわけがない。今日は今年一番の寒さなんだと。お決まりの常套句だ。相棒のお陰で日課となってしまった朝の占いを見たが今日蠍座は良くもなく悪くもない。順位が高い方が良いけど普通でも良いと思う。ほらおみくじだって中吉が良いって言うじゃん?因みに相棒の真ちゃんは2位だった。ラッキーアイテムはみどりのハンカチ。すぐに手に入るし何よりあいつなら持っていそうだ。白い息を吐きながら俺は学校へと向かう。自転車は最近寒くなったから止めた。また暖かくなれば再開されるけど。どうせ俺が運転手だ。あぁ、そうだ。それはふと浮かんだ疑問。暖かくなったら。そうしたら。
「おい。ボーっとしてんな」
「あいてっ。朝から殴らないでくださいよ宮地サン」
部室のドアノブを握ったまま固まっていた俺の頭を後ろから容赦なく叩く人なんて一人しかいない。不機嫌な声と視界の広さで振り替えられなくても宮地サンって分かったけど。目を見て話さなかった時にまた殴られそうだ。
「鼻真っ赤ですね」
「さみーんだよ早く入れ」
「あ、宮地サンおはようございまーす」
「おー、お前俺の話聞いてたか?早く入れ。凍え死ぬ」
「はいはい痛いです背中折れる」
「折れるかアホ」
背中を容赦なく叩きその手は手袋に包まれているくせにポケットの中に隠れてしまう。鼻先を真っ赤に染めた宮地サンが何だか可愛くてロッカーに行く中、小さく笑った。当たり前のように部室は寒くて朝日が差し込むとは言え、やっぱり吐く息は白い。まだ他の部員は来ていない。そりゃそうだ。秀徳バスケ部で一番早いのは大坪サンじゃなくてこの宮地サンなのだから。人一倍じゃなくて二倍三倍は練習していると思う。それを知った時は素直に尊敬した。今だって寒い寒い言いながら着替えてるし。横目で宮地サンを見ながら俺も制服を脱いだ。うわーやっぱり寒すぎんだろ。ジャージを着ていると横から凄まじい視線を感じた。誰かと言わなくてもこの空間には俺と宮地サンしかいない訳で。
「なんすか」
「お前寒くね?」
「寒いですけど」
「だよな」
なんだ?寒いけど取り敢えず着替え終わり俺は体育館へ向かおうとした。いつからだったか朝練が始まるよりずっと早く来ている宮地サンと同じ時間に着てボールの準備をするようになったのは。付き合って恋人になる前からだった気がするのは確かだったけど。最初は何かにつけて怒鳴られてた気がする。怖い先輩だった。今だって怖いけど恋人様だって思うと怖さ半減って言うかちょっと違う。
「高尾」
そんな付き合い始めの出来事を寒すぎる用具倉庫で思い出していたら宮地サンが入り口にもたれ掛かっていた。
「なんですか?」
「こっち。早く来い、轢くぞ」
「意味が分からな……っ、いや、やっぱり分からないんですけど」
手招きをされ俺は素直に近付けば目の前がオレンジ色に染まった。肩と腰に手を回され力強く抱き締められ俺は咄嗟に周りを見渡す。こう言う風に使う力じゃないけど。
「まだ誰も来ねーよ」
あ、俺が使ってるのバレてた。何でもお見通しなこの先輩は尊敬するけど時々焦りも感じたりするんだよな。たった二年って他人は言うけど結構大きな差だと思う。ふとした瞬間に感じてはぐるぐる思考が回る。下らない事だって後から思うけど考えている時にはそう思わない。
「おい何考えてんだ」
「……宮地サンのことですよ」
本当にこの人は何でもお見通しなのか。抱き締める腕に力が込められて俺は小さく抱き締め返した。此処は学校だ。素直に甘えたりするのは恥ずかしい。
「……。まぁそれで良いか」
「本当に宮地サンのことなんですけどー」
嘘は言っていない。だって本当に宮地サンの事なんだ。俺が勝手に抱える劣等感。知らなくて良いのに。多分納得いかないって表情してそう。変なところで頑固でごめんね宮地サン。
「と言うかこの体勢の意味は?」
「寒いから」
あ、成る程納得。人肌があったかいってのはよく聞くけど不意討ちするのは止めて欲しいかも。平常心保つの結構大変なんだけどさ。俺から不意討ちすんの好きだけど宮地サンからって心臓痛くなるぐらいドキドキしてんだよ。まぁ、この人なら分かってそうだけど。分かってやってそうだけど。全く意地が悪い。
「あー、ぬくい」
「俺、別に子供体温じゃないんですけどー」
宮地サンの頬が髪に触れて思わず身体を硬直させた。恋人としてやる事は一通り済ませたけどこうやって甘い雰囲気って言うか、ただ抱き締めたりとか今の状況は中々に少ない。ほら、この人怖い先輩だから想像出来なかったってのもあるんだけど。その相手が俺ってのも想像出来なかったから。
「練習しないんすかー」
くっついている事が擽ったくて俺は背中に腕を回し軽くぽんぽんと叩いてみた。ただの照れ隠し。でも仕方ねーじゃん。さっきまで寒かった体が今じゃ熱くなりすぎて仕方ないんだから。もぞもぞと身体を動かし腕の力を緩んだ隙に俺は早く離して欲しい意思を込めて宮地サンを見上げた。
「みーやーじさん」
「……」
「宮地さーん?」
返事がない。ただの屍とかそんなくだりが出てきた。だって本当に俺がじっと見つめても何の反応もない。首を傾げても何にも言わねーし。完全に沈黙。
「高尾」
「はい?」
「轢くぞ」
「いや勘弁したいです」
いきなり何言ってんだ。いつも唐突だけど今回は喋らなかったから余計に驚いたっての。
「お前ってたまに俺を試してんのかと思うわ」
「いやただ見上げただけなんで」
「じゃあ上目遣いやめろ。狙ってんのか」
「身長差!身長差でしょ!」
何言ってんだこの人。狙ってやる時はもっとあざとくやってやるっての。今は恥ずかしくて考えてなかった。それを真顔で指摘してくるから顔まで熱くなってくる。黙ったから何事かと思って心配した俺の気持ちを返せ。
「おはようございま……何をしているのだよ」
「人間カイロ」
静かだった体育館に突然響いた低い真ちゃんの声に俺は全身の毛が逆立った気がした。いや逆立った。なのになんで俺を抱き締めたまま普通に答えてんすか宮地サン。
「そうですか」
いやいやいや何納得して練習始めてんだよおかしいだろ。
「真ちゃん。明日暖かいみたいだけど迎えに行こうか」
昼休み。弁当を食べながら携帯を見れば明日は小春日和との事。リアカーを引くのは正直疲れる。けど日課って言うか毎日やってた事をやらなくなるとリズムが狂うって言うか。卵焼きを口に運びながら質問すると無くしてから喋れと怒られた。へーい、これは俺が悪かったです。
「いや冬の間は必要が無いのだよ」
「あれ、そう?」
絶対に必要だって言われそうだったのに拍子抜けした。
「春になってからで良い」「……」
あ。何となく言いたいこと分かった。これは気を遣われてる。あの真ちゃんから。春になれば。そうか。そうだよな。俺の箸が止まったから真ちゃんは溜め息をついて窓の外を見ていた。
「去年、俺達も経験しただろう」
うん。分かってる。分かってるよ。俺達は去年まで中学生で。卒業した。これは絶対に毎年行われることだ。
「……。もしかして俺、心配されてる?」
「なっ」
「真ちゃんやさしー」
「高尾っ、茶化すな」
茶化さずには要られなかった。我慢していたものがドロドロと溢れ落ちてしまいそうで。そんな話すんなよ、緑間。俺は考えないようにしてたのに。来年の今頃、あの人は宮地サンはもう居ない事が当たり前なのか。それが堪らなく怖い。じゃあ宮地サンも俺がいない事が当たり前になるのか。そっちの方が更に怖くて恐ろしい。
「おい高尾、帰んぞ」
「へーい。今行きまーす。じゃあな真ちゃん」
「あぁ」
部活が終わり着替え終わった宮地サンは防寒具を纏い足早に部室を出ていく。俺はまだ着替えている真ちゃんに挨拶だけするとその後ろ姿を追った。寒さで丸くなった背中でも大きい。
「どっか寄ってくか」
「そっすねー腹減りました」
「奢ってやるよ」
「きゃー宮地サンおっとこ前ー」
「よーし熱々の肉まん顔にぶつけてやる」
「痛いごめんなさい」
笑顔で恐ろしいこと言わないで下さい。肉まんじゃなくてデコピンを食らわせてくるのはもう分かってる。わかってたけど痛いものは痛い。あと何より寒い。
「それよりお前手袋どうした」
「あー……多分ロッカーに」
「…。馬鹿じゃねぇの」
冷えた指先をポケットから出せば真っ赤に染まっていた。マメとか出来て可愛くない手だこと。なーんて。別に真ちゃんみたいに指先を大事にしていない。突き指はするわマメは潰れるわで中々汚い手だ。
「おら手ぇ出せ」
「は、ちょっ、宮地サン、ここ外」
冷たい指先が熱に包まれる。いつの間に手袋を外したのか宮地サンの大きな手に握られ俺は息をすることさえ忘れるかと思った。
「繋ぎたいなら繋ぎたいって言え。どうせ鞄の中に手袋あるんだろ」
「! なんだ。見てたんですか」
部室を出ていく宮地サンに見つからないように鞄に押し込んだつもりだったのに。
「お前の視野には負けるけどな。一人を見るぐらいなら難しくねーんだよ」
「っ……なん、ですか。それ」
「不安そうなツラしてたら心配するって言ってんだよ」
あぁ狡い。本当に狡い。何なんだこの人。て言うかなんで俺、バレてんだよ。うまく隠してたのに。暖かくなれば宮地サンは居なくなるって考えてたら部活中に一回ヘマをしたけどそれから切り替えてたはずなのに。
「で。どうする。どこか寄ってくか、それとも真っ直ぐ帰るか?」
聞きながら握る力は強くなる。
「分かってるくせに狡いですよ」
「高尾の口から聞きたいんだよ」
「ほんと…意地悪ですよ宮地サン」
言わなくても答えは分かりきっているのに。視線をあげなくても宮地サンが俺を見ていた事は分かった。だから答える代わりに握り返して応えれば普段の帰り道から逸れて歩き出す。甘えたくないのに甘やかして俺は気付かない内に宮地サンに依存している気がしてならない。駄目だと分かってる。でも
未来を考えると堪らなく怯えて握った手だけじゃ足りなくなるんだ。

「ねぇ宮地サン。」
「なんだよ、」
足を止めて振り返ったそのマフラーを掴み此処が外だとか関係なしに俺は背伸びをした。
触れた唇は冷たいのに熱い。
「俺、ピザまんが食べたいです」
「…。仕方ねぇな」
不意討ちのキスに驚いた顔も仕方ないって溜め息を漏らす姿も暖かくなればもう見られない。それなら冬の間だけでも沢山沢山色んな表情を見せて下さいね宮地サン。




【少年は今しか呼吸出来ない】

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