神の使い

似合わないと思いながらも口にしてみた。
そうしたら案の定笑われて室内に高尾の楽しげな笑い声だけが響く。
あぁでも知ってる。こいつは心の底から笑わないんだっけか。
知っている事実なのに知らない方が良かった。
でも気付いてしまったんだから仕方ない。
こいつが本当に楽しそうにしている所なんて俺は知らない。
「宮地さんって真面目な顔して面白い事言いますよね」
未だ笑いの止まない高尾は小刻みに肩を震わせている。
面白くなくて舌打ちをしてみたが苛々は収まる事を知らない。
「いい加減笑うのやめろ。くっそ…言うんじゃなかった」
「えー」
「つーかお前俺の表情なんて分かるのかよ」
高尾の目に巻かれた包帯。
出会った時からずっと巻かれている高等な術式のまとわりついたもの、と本人が一人ポツリと呟いた言葉を鮮明に覚えている。
古い社の一角で祀られるように座っていたこいつと出逢ったのは覚えていない、ただ一つ記憶にあるのはまだ春の使者が訪れる前だった。
人里から離れた鬱蒼とした山中に建てられた社は今や訪れる者なんて数える程度にしかいない。
稀に山を登った人間が足を運ぶ、そんな場所になっていた。
「失礼な。分かるに決まってんでしょ」
「ほー、じゃあ俺がどんな表情してんのかも分かるか」
「宮地さんそれ前も言ってた」
「覚えてねーよ」
「8日前」
「知らね」
そんな細かい事覚えてられるかってんだ。
高尾をじっと見ても目を覆うように巻かれた包帯に隙間などなく本人曰く気配と微妙な言葉の音だとか小難しい事を言っていた。
日の差し込む場所は暖かく時折吹く風は少しだけ秋の気配を感じさせる。
蝉の音も少なく今日は一度だって聞いていない。
月が昇れば鈴虫の音色で溢れる場所が俺にはとても心地良かった。
「そういやお前迎えはまだ来ねーの?」
「もう忘れられてそうなんですよねー」
「自分で降りられないんだっけか」
「ここの生活も気に入ってるから問題ないんすけど」
「ふーん」
聞いた所であまり興味もないのだが高尾は話す事が好きみたいでよく俺にどうでも良い話題を振ってくる。
だがこの手の話題は自ら口に出さず俺から振れば何処か答えにくそうに、あの嘘の笑いを浮かべてくる。
話したくねーのバレバレ。
突っ込んで話を聞かれるのが好きじゃない俺は高尾にもそれを強要しない。
話したら聞く。
けど、こいつが話す時は本当に、それこそ鈴虫の音色にすら負けてしまう程小さな落とすように話すから耳を傾けていないと手から滑り落ちてしまう。
長年生きてはきたが此処まで執着するのはきっと目に妙なもんを巻いているから、それだけだと思う。
単なる気まぐれで登った山で目に付いた神のいない空っぽの社で神のように祀られた高尾が何となく気になったから俺は毎日のようにこの場所に来ている。
「宮地さん宮地さん」
「なんだよ」
「寒い」
「羽織でも持ってこいよ。奥にあんだろ」
「えー、それは面倒」
「じゃあ袴でも穿けよ」
こいつは今紬の長着を着流している状態だから寒いのも当然だろ。
それにしても今日は涼しいのだから余計にだ。
高尾が普段寝ている部屋を何度か見たがその中には正装である立派な紋付羽織袴もあった。
なのにこいつが袖を通した所なんて一度としてない。
俺と会う前に着てたのかもしれないが聞いた事ねーし。
「そうじゃなくてー」
「俺はお前に触ってやんねーぞ。男に触られて何が良いんだよ」
「ただ寒かっただけで他意はございませんー」
「生意気な口ばっかききやがって」
口を尖らせる姿を何度見てきた事か。
けど俺からは絶対に触ってやらねーしお前にも触らせる気なんてない。
これには歴とした理由があるのだが高尾はそこで引くから口にしなかった。
聞かれていないのに態々話す馬鹿が何処にいる。
ボリボリと後頭部を掻き俺はボロい建物の中から外を見た。
太陽はだいぶ西にまで来ている。
もうすぐで夕闇が迫って黄昏時がやってくる。
暗くなって人の顔が分からなくなりその時紛れる何かを人は恐ると聞く。
俺には関係のない話だ。あとこいつも。
「寒いなら今日は早く寝ろよ」
「あれ、もう帰るんですか?」
「いやまだ居るけどよ。」
「宮地さん、やっさしー」
「お前本当に殴りたくなる」
殴れねーけど。こいつの口の聞き方は飄々としていて掴みにくい。
感情豊かだと思うやつもいるかもしれないが逆だ、こいつは言葉の節々で分かるほどに欠落している。
今まで何人もの人間を見てきたがこいつは特に異常だ。
気味が悪いとまで感じる。
おまけに目見えないからな。
高尾からは俺の表情が分かって俺からお前の目が見えないのは不公平じゃないのか。
「殴るって言って一回も殴らないじゃないですか」
「そりゃあお前、俺が殴ったら顔へこむだろ」
「ぶは、どんだけ強い力で殴る気なんすか」
あ、さっきより素直に笑った。けど何処か影を落としている。
心の底から笑えば良いのにお前をそこで止めるものを俺は知らない。
口元を緩める姿にイラついた所で意味がなかった。
「あ、日が暮れてきた」
「おー、早くなってきたな」
「そろそろ冬支度っすね」
「凍死すんなよ」
「宮地サン、心配しすぎ」
それ前の冬にも聞きましたよ、とか。
だから俺覚えてねーんだよ。
一々記憶してるこいつが単純にすげーよ。
目を覆われていても太陽の眩しさは伝わるみたいで高尾の顔は外をじっと見ていた。
いや見ていたかは分からないが顔を向けていたから。
春夏秋冬の中で秋は酷く短く感じられてもうすぐこの山にいる奴らは冬支度を始める。
冬には雪が積もって辺りは一切の音が無くなるほど静寂に包まれるからだ。
雪は音を吸収する。冬の朝は耳が痛いほど静かだ。
ふと視線、と言うか気配を感じれば高尾が俺の方に顔を向けている。
白いそれに墨で書かれた術式が酷く痛々しい。
俺はこいつの顔を見つめる行為が出来ない。
此方を向いたまま何も言わない高尾に痺れを切らしたのは俺。
「んだよ」
「明日も此処に来ますか?」
この質問は毎日繰り返される。
俺が帰る頃になると高尾は言葉を紡ぐ。
「あぁ。」
俺の答えも変わらない。
こいつを此処で見つけてから一日たりとも通う事を欠かさなかった。
不思議に思っているんだろう。
出会ってその日からずっと俺が此処に来ているから。
当たり前だ。人間には周期があって生活があって仕事がある。
なのに俺はそれを匂わせた事なんてない。
「じゃあ待ってます」
質問をされた事なんてない。だから答えない。
名前だって俺から名乗った訳じゃない。
こいつが聞いてきたから答えただけであって自分から明かしたものは何一つしてなかった。
それでも明日の約束をすると高尾は満足げに手を振るから。
俺は一人社を出た。
夕闇が辺りを埋めた山道は更に鬱蒼としているが獣の気配は感じられない。
人間の気配なんて感じた事もない。
「明日、明日な」
明日と言わずその先も高尾に会いに行くと言うのに高尾はその約束を拒んだ。
一日が終わる頃に確実な約束をして別れる。
だから俺もそれに頷いた。どんな意味があるのか分からない。
分かる筈なんてなかった。
だって俺はあいつの事を何一つとして知らないのだから。
疑問が浮かばない訳ではない。
柔らかな月明かりが照らす小さな丘で俺は自分の影を見つめた。
踏み込まれる事を恐れているのは俺かお前か。
誰に問い掛けても分からない疑問は鈴虫の声にかき消された。
「ねぇ宮地サン」
「どうした」
「俺がもしも」
「…」
この話も何度だって聞いた。もしもから先に進んだ事なんて一度もない。
空を眺めれば遠く遠くどこまでも青い澄んだ空が広がっている。
天気が良いからと建物から出たが社の外には行かない。
正確には高尾が行けないと渋るからだ。
まぁこの目だから景色なんて楽しめない上に獣道も多いから移動に不便なんだろう。
石段の上に座って鳥居を見上げる。
そう広くもないのに大層立派な鳥居だ。
この山に神がいるのなら神籬でも十分なんじゃないかってこれは俺の意見。
常設した社なんて必要あるのかと思えばそこには高尾がいる。
「もしも」
注連縄を結んである御神木に凭れかかり高尾も同じように空を見上げた。
風で揺れる黒い髪に俺は思わず目を細める。
今にも消えてしまいそうな声はやっぱり続かない。
何か決意を固める時を待っているかのような口ぶり。
それでも俺は続きを急かしはしない。
「やっぱり何でもないでーす」
「そうか」
普段の口調と声の大きさに戻り俺は目を閉じ相槌を打つだけ。
「…ね、宮地サン」
「なんだよ」
「俺ね」
今日は酷く歯切れが悪い。
いつもなら気にせず話すくせに俺の言葉を相槌を反応を酷く探ってくる。
居心地が悪い。こんな事、初めてだ。
「話す気ねーなら喋んな」
「…」
「明日だろうがその次だろうが此処に来るから」
「……じゃあ約束」
小さく頷いた姿を横目で確認しながら俺はまた空を仰ぐ。
「おー、気持ち悪いから早く元に戻れ」
「うわ酷い。俺泣いちゃう」
「泣け。笑ってやる」
「こわっ」
やっと妙な空気が終わった。
眺めた空は変わらず遠くて、山の上なのに酷く遠くて静かに目を閉じた。
もしも、お前が。
他と違っても俺はお前の傍に来る事をやめない。
口にしようとしても出来なかった。
お前が此処を去る日まで俺は見ていてやるから。
言葉にしたくても出来なかった。
口にした途端現実になってしまう、そんな考えが思考を埋め尽くすから。
堪らず伸ばした手は硬く拳を握る。
どうせ見えてない。見えなくて良い。
俺が顔を歪めたことなんて気にしなくて良い。
初めて溢れる感情に翻弄されて気分が悪くなる。
「宮地さん?」
「…あと少しで黄昏時だ、中入るぞ」
「宮地さん」
「なんだよ。俺は明日も来るぞ」
高尾が聞きたいのはこれじゃない。
それぐらい分かってる。
伸ばしたのに意味もなく途中で止まった手。
気配で分かったんだろう。
色づき始めた木々に目を移し次第に迫る夕闇。
動かない高尾の口が何かを溢したが俺はそれを拾えなかった。
振り返れば変わらない表情で俺の隣を通り過ぎる。
「また明日。宮地サン」
「温かくして寝ろよ」
「りょーかいでっす」
静かに閉められた扉を少しだけ見つめて俺は薄暗くなるその場から足早に離れた。
あぁ意味が分からない。
最近特に意味が分からない。
高尾の様子がおかしい。それだけは分かっていた。
それだけしか分からなかった。
見上げた空には月がない。
星が瞬いてるとは言え月明かりがないだけで普段よりも闇が濃くなり俺は舌打ちをした。
「こういう日は嫌いなんだよ」
血に飢えた獣達が騒ぎ出す。
辺りを囲む殺気が次第に増えていき地を軽く蹴り上げその場を急いで離れる。
とは言っても向こうは山道を走り慣れた獣だ。
幾重にも重なった草を踏み荒らす足音に俺は普段通る丘で足を止める。
見通しの良い場所である事と社から離れていれば何の問題もない。
「今日は苛々してんだ。焼くぞ」
普段よりもずっと暗い闇夜の中で光る目を頼りに俺は笑みを浮かべる。
別に何匹いようと関係がない。
あぁホントに苛々する。
此処で好き勝手やられるのはもっと腹が立つ。
思い知っとけ。この山で悪さすんのは駄目だって事を。
瞬間、月明かりのない丘はいつも以上に明るくなり殺気立った気配は静かに音を無くして消えていった。
「…いねぇじゃねーかよ。おい高尾ー」
いつも決まった時間と言う訳ではないが大体俺が来る時間には御神木の下で出迎えてくれると言うのに今日はそれがない。
まだ寝てんのかと思い普段より足早に向かい扉を開けても居ない。
布団の置いてある部屋を容赦なく開けても気配すらない。
綺麗に畳んであり、あの紋付の羽織袴が無くなっていた。
「出かけた、のか」
部屋を荒らされた後は無いから野盗に入られたとは考えにくい。
それならあの袴を着て何か用事があるのか。
普段とは違う主の居ない部屋は広く感じられて俺は立ち尽くしていた。
なんだ、この、妙な・・・。
穴が空いたような抉られたような妙なざわつきが分からない。
高尾がいない。あいつと出逢ってこれが初めての事だから違和感を酷く感じてしまうのか。
昨日、あいつは何かを言いかけてなかったか。
「いや……でて、いった?」
出かける、いや、出て行ったと言う可能性だってある。
普段は着ない着物を、着る事を拒んでいたものを着たと言う事は。
「あぁ、くっそ」
頭の中に余分な熱が生まれ思考が上手く働かない。
静かな室内で考えても何も始まらず俺は一度深呼吸をすると目を閉じる。
情けないってもんじゃない。
たった一人居なくなっただけで何を動揺してんだ。
今までだってそうだっただろうが。
言い聞かせても止まない思考を汚す熱の波に俺は壁を殴る。
「俺は何も聞いてねぇっつぅの」
目を覆われてる訳も、悲しく笑う理由も、居なくなった理由も、もしもの続きも。
「俺も何も言ってねぇって」
何で俺が此処に来るのかも、どうして俺が触れないのかも、お前を気にかける訳も。
握った拳を更に強く力を込め俺は社を出た。
すっかり秋の色に染まった木々の色と冷たさを含む風が俺の熱くなった思考を和らげてくれてもう一度息を大きく吐く、吸って吐いて、葉の擦れる音、落ちていく音、指先から髪一本まで意識を研ぎ澄ませると俺より小さな黒髪が揺れた。
あの日、風に揺れた黒い髪。昨日よりも速く地を蹴り高尾の居る場所へと急ぐ。
山を完全に降りている訳ではないがだいぶ下の方、獣道を抜けこのまま川沿いに降りた方が早い。
水の流れる音がすると俺は異臭に顔を歪めた。
風が運んできたのは、人間の腐った汚い血の臭い。
だいぶ下の方だがこんな川上にまで届くのは複数人だからだろうか。
そんなところに高尾がいる。
今度は焦りと不安が混じった焦燥感で溢れた感情で胸の辺りが痛くなり俺はただ走った。
「っ、高尾…」
「……」
鼻が曲がりそうな異臭と血を流してからだいぶ経った黒く染まった血溜りの中、黒い紋付羽織り袴を着た高尾が立っていた。
羽織紐には返り血が付着したのか所々赤く黒い。
頬にも血が飛んでいてその中で異質な存在感はやっぱり術式の施された白いそれだった。
目は見えないが、きっと無表情だ。
全てを諦めた目と言って良いのか絶望、失望、負の感情が入り混じり俺の声は届いていないのか血溜りの中心で項垂れている。
「高尾っ」
「っ。……み、やじ、さん?」
さっきより強く名前を呼べば大袈裟なぐらい身体が震え俺の名を紡ぐ。
それだけなのに酷く安心する。
「なんで」
「良いから、こっち来い。帰んぞ」
異臭漂う中、口を開けば渇き気分が悪い。
嘔吐を誘うその残虐な光景に俺は背を向け高尾を呼ぶが一向に動こうとしない。
「おい、高尾」
「…無理です」
「は?」
「なんで、これ見ても普通に、してられるんですか。っ…信じらんね」
「高尾」
振り返る事なんて無く俺は名前を呼ぶだけ。
それでも動こうとはせずさっさと此処から離れたい。
四の五の言わず付いてこいって睨みつけるとその足は一歩また一歩と俺の方へ向かってくる。
雪駄が血で汚れ歩く度に赤を吸い込み更に汚れていく。
お前に赤は似合わねーから早くきやがれ。
覚束無い足取りだが付いて来ている事を確認し俺たちはその場を離れた。
そのまま社に戻るなんて事は俺がしたくなかった。
上流の方まで登っていき異臭が薄れる場所まで来ると足を止める。
さっきまで騒がしかった鳥の声や動物たちはこの汚い異臭に身を隠す。
「冷たいだろうけど水浴びしろ」
「…」
無言で頷き血で汚れた羽織を脱ぎ捨てる。
もう俺が何を言っても無駄だって分かったのか、どうなのか。
川の水は酷く冷たいが汚れたままあの場所に帰る事は許さない。
神聖な場所に穢れなんて持ち込むなんて出来はしない。
それに血で汚れた高尾を見たくなんてない。なんて私的な理由だ。
昨日よりもっと口数の減った高尾は着物を脱ぐと腕の辺りが汚れているだけで他は綺麗なままだった。
初めて見る裸体に思わず目を細めその姿を後ろから見つめていると高尾が何も言わず俺の方を振り返る。
「っ」
驚いた。やっぱり視線は感じるのか。
「気持ち悪いでしょ」
「何が」
「俺」
「血流したらそうでもねーよ」
努めて平然を装い返すと自嘲気味に笑みを浮かべる。
なんだこれ。初めて見る。
清められた水が血で汚れていくがそれもすぐに流されていき俺は血で汚れた袴を持とうとしたが制止の声が入った。
「それ燃やすんで」
「もう要らねーのかよ」
「そんな汚れたやつもう着たくない」
顔が歪む。
今まで見た事のない表情を目にして俺は高尾に近付いた。
俺を見上げる表情は以前歪んだ笑みを型どったまま。
「その顔やめろ…何があった」
「…」
「言わないつもりかよ。流石にあれは理由を聞きたい」
「人を…殺す理由、きくなんて変わってんね宮地サン」
殺した。そうか。やっぱり殺したのか。
普通に考えれば分かる事だがあれを、この目を覆われた高尾がやるなんて信じられなかった。
足先はまだ水に浸かったまま小さく身体が震えだす。
今、気付いた。
髪を濡らした筈なのに白い布は少しも変化がない事に。
「今朝、迎えが来たん、ですよ」
「あぁ」
「俺ね、ホントは駄目なやつなんでよ」
「あぁ」
「嫌われてんのになんで、呼ばれたのかなって」
ぽつり、ぽつり、降り始めた雨みたいに高尾の言葉が降ってくる。
俺はそれを一つも溢さず落とさず耳を傾けた。
昨日は聞き取れなかった分も合わせ静かに静かにその声を下に突き刺さる前に掬い上げる。
「止めときゃ…よかった、のに…俺ね、宮地サン」
「あぁ」
「俺ね…」
いつも続かない言葉の先はやっぱり詰まって寒さなのか別の何かなのか震える高尾を見ていられなくて俺は堪らず手を伸ばした。
今まで手を伸ばす事を酷く躊躇っていたけど今はもう震える高尾を引き寄せ強く強く抱きしめる。
「っ、」
「それで?お前はなんだよ」
小さく俺に痛みと光が走ったけど構わず腕の力を強くして高尾の視界を遮るように。
まだお前の話の途中だから。
髪に顔を埋めると酷く安心した。
何気なしに立ち寄ったあの社に祀られるように一人で居たこいつをずっとこうしたかった気がする。
俺が来ると振り返って出迎えてくれたこいつを抱き締めたくて仕方なかった。
そう感じる。
「そ、れで…俺、」
「…」
「村で、昔から、忌み子って、言われて。あそこに…隔離、されて」
「そうか」
「皆と、目が…ちがうからって、……、人間、じゃない、のは、俺も、よく、分かってて」
感情が昂ると激怒したりすると何が起こったか分からないままに周りの人間は死んでる。
切り裂かれたように爪で抉られたように。
次第に声が震え掠れていき俺は安心させるように頭を撫で何度も名前を読んでやる。
何となく、想像はしてたんだ。
普通の人間が立ち寄らない場所に普通じゃない目を覆った人間がいるなんて。
それもまだ若い人間が。
どうしてって思ってた。けど聞かなかった。
多分、それは。
俺の事を聞いて欲しくなかったから。
「人間じゃないならお前は何なんだろうな」
「…ははっ…ばけもの、とか」
そこまで聞いて俺は漸く腕を緩める。
腰に腕を回したまま俺は高尾の顎に手を添え上を向かせてやると案の定、目を覆っていたものが、はらり、と落ち風に吹かれると力なく水の中へ落ちていく。
「じゃあ俺は、何に見える?」
橙色や山吹色が混じり合うその瞳は夕焼け色と言った方がしっくり来る。
綺麗だったからそのまま見つめ質問を投げかけると驚いたその目は俺を、いや、正しくは俺の髪、髪から生えた耳をじっと見ていた。
驚くのも無理もねーよな。
だって俺言ってないから。
「え。み、やじ、さん…?あれ、なんで、みえ……え、きつね……?」
「俺も人間じゃねーよ」
一度に起きた出来事に高尾は慌ててその綺麗な目を見開いたまま。
そう、俺は人間じゃない。
天狐と呼ばれる妖狐の中でも稀な存在だ。
千年以上を生きているから高尾の言う少し前と俺の時間の感覚が激しく違っていたりした。
「神通力って言ってな、お前の目隠してた術式なんざ触ったら一発で解けるんだ」
人間の考えたそれに俺の力が負ける筈もなくて。
だから頼まれても触らなかったし触れなかった。
俺がどういう存在なのかって説明するのも面倒だし何より人間なんてどれもそう代わりはしない。
穢れた血の持ち主だって事は認識している。
中にはいいやつもいるけどごく稀だ。
「けどお前は、話してくれただろ」
一番言いたくない事をずっと隠し通せはしないけど言いたくなくて話題を変えるぐらいに口にしたくない事を言わせたから。
あと、なにより、お前の目が見たくて。
やっぱり、お前に気味の悪い目で見られたくなかったから。
「こんな風になるのは、初めてだから勘弁な」
「え、……っ」
その目に見つめられるとどうして良いのか分からなくなる。
くらくらとまた違う熱が俺の頭を支配して額にそっと唇を寄せた。
だって一応、カミサマって崇められる俺がこんな気持ちになるなんて他のやつに笑われる。
まぁ今はどうでも良いか。
「高尾?」
「あ…っと、その……正直、まだ理解出来てなくて」
まぁそりゃそうだろうな。
驚いているだけでその内に俺の事が気持ち悪いって思ったらどうするかなんて一抹の不安が過ぎる。
「けど、宮地サンの顔、見れて良かった」
柔らかく泣きそうなほど綺麗な夕焼け色の瞳が細められ優しく微笑む。
初めて、見た。
本当に心の底から嬉しそうな、その笑顔に不安なんて消し飛ぶほど。
熱いものが込み上げてきて力の加減を忘れるぐらいに、隙間を埋めるようにと抱きしめた。
これは、
まだ何も知らない二人の始まりでしかない。

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