前世の私と桃色少女



ドリンクを作っていた手を止めて溜め息を吐く。ふと、私が死ぬ前の記憶が脳内を過ぎり、少しばかり頭が痛くなるのを感じた。
私は、あの日確かに死んだ。痛みも苦しみも哀しみも全部ぐちゃぐちゃになって私は死んだんだ。


なのに、私は今此処で生きている。


痛みや苦しみから解放されたと思った瞬間、私はいつもの帰り道の交差点ではなく、知らない場所にいて。白い天井に一瞬助かったのかと思ったが、すぐに私を覗いてきた若い男女と視界に映る自分の手に、私は全てを悟った。

何処かの宗教では人間の魂は死んだらまた生まれ変わるらしいが、それにしたって早すぎるし生前(と言っても今も生きてるみたいだけど)の記憶もきっちり残ってるとかどういうことなんだろう。
死んですぐに転生とか前の人生を振り返る暇もないじゃないか。走馬灯はどこへ行った。


「さおり、これ貰うぞ」


昔のことを思い出している最中、急にかけられた声に意識を浮上させる。
用意していたドリンクを一本ひょい、と持っていく彼はこの世界での私の幼なじみ。私がこの世界に生まれた瞬間を一度目の転換点だとすると、彼との出会いは二度目の転換点。しかも、ある意味で転生した時より強烈な――


「大ちゃんお疲れさま」


彼は青峰大輝。幼い頃彼と出逢った瞬間、私がどんな世界に生まれたのか知ることとなった。

私が生前に好きで読んでいた漫画“黒子のバスケ”その主要人物である彼、青峰大輝。そして、その彼と幼なじみで“桃井”の姓を持つ私。私には姉妹も居ない。ならば答えはただ一つ。

私が、ヒロインである桃井さつきの居場所を奪ったということ――


「っ、何するの!」


突然鷲掴みにされた頭に思考を中断させて抗議の声を上げる。頭を鷲掴みとかボールか何かと勘違いしてるのだろうか…バスケットボールはあっちですよーと言おうと思って顔を上げれば、眉根を寄せ不機嫌そうな顔をしてる大ちゃんの顔。


「っせーな、お前がまた情けねー顔してるからだろ」


そっぽを向いて言う幼なじみの彼に、また心配をかけてしまったと後悔する。長い年月一緒に過ごしたからか、それとも野生の勘なのか、彼は私が昔の事を考えている時は決まって不機嫌な顔になる。何だかんだ言って心配してくれている様子な幼なじみに、私の口角が緩むのを感じた。

そして、そんな私の生温い視線に気づいた大ちゃんは、私の頭を鷲掴みにした手をそのまま動かしてセットした髪をぐちゃぐちゃにして。思わずもう一度抗議の声をあげると彼は満足そうに笑った。


「ったく、あんな顔してたらただでさえ不細工な顔が更に不細工になんだろ」

「失礼な!この(桃井ちゃんの)顔が不細工な訳ないでしょう!」

「自覚済みかよ!質わりーな!」


憎まれ口を叩き合いながら、可笑しくなってお互い吹き出して。
こんな穏やかな時間が続けばいいと思いながら、そうは行かない未来を思い返す。
こんなにもバスケが大好きなのに、才能が故に孤独になり情熱をなくしてしまう彼。原作を一番に考えて今まで生きてきたのに、出来ることならそんな彼の姿は見たくないと思う自分がいた。もう原作だとか、キャラクターだとか関係ない。

だって彼は私の、桃井さおりの、大切な幼なじみだから――


「大ちゃんは、本当バスケが好きだよね」

「なんだよ急に。当たりめーだろ!」


そう言って笑う彼が眩しくて。
彼を救ってくれるまだ出会わぬ彼に、私はそっと想いを馳せた。



前世の私と桃色少女
(彼頼みで何も出来ない自分が)(酷く、情けなく思えた)



20120723

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