百合の花が薫る



「あなたが怒江ちゃん?」


球磨川さんに呼ばれて箱庭学園に行ったその日、私は彼女に会った。


「ひめは黒神ひめっていうの!ひめでもひめちゃんでも好きに呼んでね!」


そう言って差し出された手を凝視する。そういえば球磨川さんが「『ひめちゃんていう可愛い子が仲間に居るんだけど』『仲良くしてあげてね』」と話していたのを思い出した。私の名前を呼んだということは、球磨川さんから私の事を聞いているのだろうけど…過負荷については何も聞いていないんだろうか。触ったものを全て腐らせる“荒廃した腐花”という私の過負荷を。

何時までも握り返されない手に、目の前の彼女は首を傾げたため私はそっと手を出す。聞いていてもいなくてもどちらでもいい。どうせ彼女も私を気味悪がるのだろうし、私が尊敬するのは球磨川さんであってこの女じゃない。そう思ってどうなるか簡単に予想がつく彼女の手を握り返した。


「………え?」

「どうかしたの?」


腐らない。目の前の彼女の手は綺麗なまま、何度握っても決して腐敗しない。
今まで、そんなことなかった。私が触ったらなんだって、可愛いわんちゃんも可愛いねこちゃんもみんな腐って死んで行った。全て腐らす私の手は私自身を腐らせたりしない。どうしてだろう、私こそ腐って死んだ方がいいのに。周りを腐らせて命を奪う罪深い私なんて――


「“荒廃した腐花”」

「…っ!」

「今まで大変だったんだね…もう一人じゃないよ。これからはひめ達が居るから大丈夫。」

「…っ、ひめ…さ、ん…」

「なあに?怒江ちゃん」


優しく微笑むひめさんに、気づけば私はダムが決壊したかの如く目から涙を溢れさせていた。
そんな私をひめさんは優しく抱きしめてくれて。初めて私が認められた気がして、私は生きていてもいいんだと言われた気がして、彼女に縋り付いて声を出して泣いた。

私が泣いている時も、彼女がこの手で腐る事はなかった――







「『僕がなかったことにしてあげる』」


自然と、涙が零れる。
じくじくと顔が腐敗してしまっているのに、当の球磨川さんは表情を全く変えず微笑んだまま。
先日ひめさんと出会った時の事が浮かんだ。球磨川さんもひめさんも、私なんかに手を差し延べるだけじゃなくて、手をとってくれる。抱きしめてくれる。それが、私にとってどれだけ幸せなことか。


“ひめ達がいるから大丈夫――”


球磨川さんとひめさん。二人は私の光、生きる希望。
二人のためだったら何だってできる。



だって、私はもう一人じゃないから。



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