「貴様、ひめお姉さまを侮辱することは赦さんぞ!!」
激昂しためだかは湯舟から勢いよく立ち上がり、湯舟に浸かったままの安心院を見下ろした。興奮し眉を吊り上げるめだかとは反対に、安心院は飄々と笑みを浮かべめだかを見上げている。
その態度が更にめだかの神経を逆なでした。
「大体、ひめお姉さまはいつも貴様と居るではないか!あれは一体誰だというのだ!」
「それは勿論、ひめちゃんさ」
「ほれ見たことか!貴様が言っていることは矛盾して――」
「人間、図星を突かれると激昂するものさ。めだかちゃんもちゃんと人間だったんだねぇ」
にやりと嗤う安心院に、めだかは咄嗟に口を閉ざす。
図星なはずがない。彼女が存在しないなど有り得ない。なぜなら、彼女は自分の双子の姉なのだから。流石に母親の腹の中の記憶はないが、それでも片手で足りる年齢の頃から一緒に過ごした記憶がある。
そうめだかが反論しようと口を開いた時、安心院の声が静かに響いた。
「随分と、変な聞き方だったと思わないかい?」
「……何のことだ?」
「君が、久しぶりにひめちゃんに再会した時のことさ。君はひめちゃんに“あれからどちらに”と聞いた」
普通、今まで何処にいたって聞くだろう?
“ひめお姉様…お姉様はあれからどちらに…?ずっと、ずっと捜したんですよ”
“捜してなんて頼んでない。それに見て分からない?ひめはあれからずっと禊くんと一緒に居るの”
めだかの頬を嫌な汗が伝う。安心院の言葉に反論したかったのに、口内が乾燥して言葉が出ない。
そんなめだかの様子を見た安心院は口角を上げた。
「めだかちゃん、君は気付いてたんだ。最初から、彼女が双子の姉ではないことに」
「……違う、」
「君の双子の姉なんてこの世の何処にも存在しないことに」
「……違うっ!!そんなはずがない!!ひめお姉さまは、そんな…!」
先程までの勢いをなくしためだかに、安心院は溜め息を吐く。やれやれ、困った姉妹だぜ全く…という言葉を飲み込みながら、昔話をしようかとめだかに投げ掛けた。
「昔々、一人の少女がいました」
「一体何を…」
「まぁ黙って聴けって。すぐに分かるぜ」
――その少女には双子の妹がいましたが、妹は天才という言葉だけでは言い表せないくらい何でも出来る化け物で、大人すら敵うことはありませんでした。
そこまで話すと、安心院はめだかの眼を見やる。意図が伝わったようで、めだかは再び湯舟に身を浸からせる。そんな様子を尻目に安心院は話を再開させた。
――天才な妹とは反対に、少女は何も出来ませんでした。何一つ上手く出来た試しのない少女は誰にも見てもらえず、出来の良い妹と比べてはいつも落ち込んでいました。そして、その思いは積もりに積もって、一つの結論に行き着くのです。
――私なんて、消えてしまえばいいのに。
「皮肉にもその想いが、ひめちゃんが黒神家で誰にも見て貰えなかったことに繋がるんだけどね。…ひめちゃんの過負荷は知っているかい?」
「以前、球磨川に聞いた。世界の消失(ワールドエンド)だろう」
「正解。さて、此処で問題だぜ。ひめちゃんがその過負荷で一番最初に消失したものはなんでしょう?」
「一番最初に……っ、まさか…」
ざばん、と音を立て湯舟から立ち上がっためだかの顔は、驚愕と絶望に染まっていて。
「ご察しの通りさ。ひめちゃんが最初に消失したもの、それは――」