フロイラインの紅き涙珠



とある教室。机に腰掛け足をぶらつかせるひめは、教壇に寄り掛かっている彼に声を掛けた。


「半纏くんは此処にいていいの?なじみちゃんは?」


ひめに問われた彼――不知火半纏は、触角のように跳ねた髪を揺らしながらその問いに答える。


「なじみは今黒神と温泉に入ってる。俺が居る訳にはいかないだろう。」

「確かに。でもそこにいるだけの悪平等が、こうやって私とお喋りしてていいのかな?」

「この世界には今、俺とお前しか居ないのだから問題ないだろう」


教壇に寄り掛かっていた半纏はひめの近くまで歩み寄ると、ひめが腰掛けている机の対である椅子に腰掛けた。
暫し視線をさ迷わせていた半纏だが、意を決したように口を開く。


「お前は、これでいいのか?」

「……何のこと?」

「分からない、とは言わせないぞ」


半纏が念を押すように告げれば、ひめは口を噤んだ。沈黙が教室を包みこむ。
実際はほんの数分の出来事なのだろうが、その沈黙した時間は余りにも居心地が悪く、半纏には倍以上の時間に感じられた。


「分からない、よ」


先に沈黙を破ったのはひめだった。
その声に半纏はひめを見遣る。隣にいる彼女は後ろ向きに座っているため、その表情は窺えない。しかし、どんな表情をしてるのか分かる気がして半纏はひめから視線を外した。


「俺は、お前にスキルを作ったこと後悔してる」

「………」

「お前が生きてるのは現実じゃない。所詮はただの――」


突然口唇に触れた何かで半纏の言葉が止まる。それが隣にいたはずの彼女の人差し指だということに気付くまで、差ほど時間は掛からなかった。
いつの間にか半纏の目の前に移動したひめは、眉尻を下げながら笑う。


「私は、半纏くんにこのスキル作って貰ったこと感謝してるよ。空想の中で生きる方が似合ってるもの」


現実から逃げ出した私には。
まるで総てを諦めたように、まるで総てを拒絶したようにそう言って笑うひめ。そんな彼女に、半纏は遣る瀬無い気持ちを紛らわすように手を彼女の頭に置いた。


「俺はそこにいるだけの悪平等だ。だが、なじみと同じように俺もお前の事を心配しているんだ」


そのことを忘れるなよと頭を撫でられたひめは俯き、ぽつりと一言ありがとうと呟いた。









「……泣いてる、」

「どうしたの?あいちゃん」


不意に箸を止め何かを呟いたあいに、隣に座っていた嬉々津が心配して声をかける。


「もしかして、お口に合いませんでしたか?」

「そ、そんなことないですぅ!すっごくおいしいですよぅ!」


こんな美味しい料理は初めて食べました!と力説するあいに、希望ヶ丘はメルシーと微笑んだ。そんなほのぼのするやり取りに、食事をしていた周りのメンバーも自然と口角が上がっている。
周りが自分を気にせず食べはじめたのを確認してから、あいは内心安堵の息を吐いた。また不自然に思われないよう箸を動かしながら、それでも意識は全く別のところ――箱庭で泣いてる“わたし”へと向いていた。

一人、自分を見ている人間がいることに気付きながらも、あいは自分の小皿に取った春巻きを素知らぬ顔で口に運ぶ。
味なんて、分からなかった。




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