掴まれた左手首が熱い。
決して折れるくらい強い力で掴まれている訳ではないのに、こんなにも熱が帯びるものだろうか。訳が分からず、私は内心首を傾げた。
「……私に何の用ですか?球磨川先輩」
手を放して下さいと吐き捨てても、彼はへらりと嫌な笑みを張り付けたまま手を放す様子がない。こんなことなら学園の散策なんてするんじゃなかった、と数分前の私を激しく呪った。
腕を振り払おうとするも見た目とは裏腹に存外に力が強く、それは叶わなかった。勿論、男女の差というものもあるだろうが。
「『君と話がしたいんだ』」
「年下の女の子達にぼろぼろにされる様な情けない人と話すことなんてありません」
「『……』『…本当に、別人だね』」
元を辿れば全部僕のせいなんだけど。そう言って笑う彼がどこか哀しそうに見えて、私は言葉を詰まらせた。
この人は初対面の女の子に抱き着こうとするような常識のない人なのに、何で、どうして。
どうして、こんなにも苦しいのだろう。
「そんな顔しないで、禊くん」
私の手首を掴んでいた彼の手の力が緩まる。急にどうしたのかと彼の顔に視線を移せば、元々大きい目を更に見開いている表情が目に入った。
「一体どうし……」
「『何で、』『…もしかして、全部消失えた訳じゃ――』」
「何?意味が分からな…」
「『…っ、』『ひめちゃんっ』」
緩まった力が再び手首に込められて、思わず眉根を寄せる。最初に掴まれた時よりずっと痛い。
いつの間にか私と彼の距離は大分詰められていて、緊迫した表情の彼の顔が視界いっぱいに映る。
あ、駄目だ。
「僕は、君を、ひめちゃんのことを―――」
これ以上は、聞いてはいけな
「……あれ?」
見慣れた教室。私以外の誰もいない――否、私以外存在しないこの教室。
「私…何してたんだっけ?」
首を傾げて悩んでも思い出す事が出来ない。確か私は箱庭学園に行っていたはずなんだけれど…。数拍置いて私は近くにあった机に腰を掛けた。
まぁ、いいか。
「思い出せないのなら――」
大したこと、してなかったんだろうから。