「誰よりも、何よりも、お前が大嫌いだよめだか」
目の前で眉間にしわを寄せている片割れに吐き捨てる。
なんでも出来てみんなに必要とされていためだかには、何にも出来なくて、誰からも必要とされなかった私の気持ちなんて分からないよね。
鈍色に光る鋏を掲げる。
知ってるよ。私じゃめだかに勝てないってことくらい。なじみちゃんが勝てない相手だもん、私が勝てる訳がない。だから、
「さよならだね」
そして私は、鋏を振り下ろした。
◆
「僕は安心院なじみ。この箱庭学園の創設者で、平等なだけの人外だよ」
突如現れた安心院なじみという人物によって、生徒会室は緊迫した空気に包まれていた。
そんな中、聞き覚えのあるソプラノの声が生徒会室に響く。
「ただいま、なじみちゃん」
まるで最初から居たように突如彼等の前に姿を表した少女。安心院が登場した時と同じような光景に、彼等はそっと息を飲む。
最後に見た彼女の姿に比べると幾らか髪が伸びており、やや落ち着いた印象を受けるが間違えることはない。彼女は、我等が生徒会長である黒神めだかの双子の姉――
「黒神…ひめ……」
呼ばれた自身の名前に振り返ったひめは、彼等の存在に今漸く気付いたようで瞬きをした。
「ひめ、ちゃん」
更に呼ばれた名前に、ひめは視線をある男子生徒へと向ける。黒い学ランを身に纏った少年は、僅かに震えていた。
それもそのはず。何せずっと探しても見付からなかった少女が、こうして目の前に現れたのだから。
「っ、ひめちゃ…」
彼が彼女の名前を呼び抱き着こうとしたのと、名前を呼ばれた彼女の足底が彼の鳩尾に入ったのはほぼ同時だった。
血を吐いて床に崩れる球磨川の姿に、他の役員達が目を見開く。彼等はついこの間まで、仲睦まじく一緒にいたのではなかったか。戦挙が終わってから彼女の姿は見掛けなかったが、この二人の間に何かあったのか、そう考えていた周りに更なる衝撃が走る。
「初対面の女の子に抱き着こうとするなんて…常識ないの?」
「何、を…言って……」
彼女の言葉に真っ先に反応したのは、床に膝をついたままの球磨川だった。彼女の初対面という発言と全く違う口調に愕然としたが、彼女の能力を知ってるが故に一つの可能性が脳裏を過ぎる。
球磨川は無意識に安心院へと視線を向けていた。
「察しが良いね球磨川くん。ご名答、君の考えている通りだよ」
「な…何なんだよ!俺達にも説明しろ球磨川!あいつまるで別人じゃねーか!」
「おっと、此処での説明は控えておくれよ。生憎僕の両手は塞がっていてね、ひめちゃんの耳を塞げないんだ」
「なじみちゃん、何の話?」
分からず小首を傾げるひめに、安心院は大した事じゃないと笑う。安心院に話す気がない事を悟った彼女は、ジト目で安心院を見つめやや不満げにビッグパフェと呟いた。
「勿論。じゃあ、この後行こうか。今だったらドリンクバーも付けるぜ」
「いや別に私はドリンクバーにこだわりはないけど…。私の方は挨拶も終わったし、先に行ってるね」
「…!めだかちゃんに何かしたのか!?」
挨拶という言葉にこの場にはいないめだかの事を思い出し、善吉はひめにきつく問い詰める。
問い詰められたひめはゆっくりと善吉へと振り返った。緊迫とした態度の善吉とは正反対に、彼女の口唇は三日月を描いていて。
「――さあ?」
たったその一言だけ。
その一言が終わるの同時に、ひめはこの場に現れた時のように姿を消した。まるで、最初から彼女は居なかったというように忽然と。
その光景に善吉達は呆気に取られて眺めていたが、我に返りめだかちゃんを探そうと教室を飛び出そうとする。安心院はそれを静かに制止した。
「めだかちゃんは無事だよ。それは僕が保障しよう。さて、話を中断して悪かったね。何処から話そうか――」
「とりあえず僕のことは、親しみを込めて安心院さんと呼びなさい」