王子様なんていらない



目蓋をそっと持ち上げれば、其処は何処かの教室だった。私はどうしてこんなところにいるんだっけ?小首を傾げて考えても思い出すことはできなくて。どうしようかと思案を巡らせようとした時、突然ヒステリックな声が私の耳を劈いた。


「どうしてっ!どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして!!」


後ろを振り向けば床にへたり込み声を荒げている少女が一人。頭を掻きむしり興奮していた彼女は、しばらくすると落ち着いたのか手を止めて顔を上げる。
その顔は、私の顔にそっくりで、


「禊くんがひめを捨てるなんてそんなの嘘禊くん禊くん禊くん帰ってきて禊くんひめのこと愛してるって言ってくれたじゃない禊くんこれからもずっとひめのこと愛してくれるんだよね禊くん」


ぶつぶつと譫言のように繰り返す彼女の瞳に光は宿っていない。
私をそんな彼女をただただ見下ろす。彼女がこれからどうなるのか、私にはなんとなく分かるような気がした。

ゆらりと身体を揺らした彼女は、覚束ない足取りで窓際へと向かう。窓の外を覗けば、大好きな彼が大嫌いな妹と笑い合っている光景。絶望した彼女はこう叫ぶだろう。


「「違う!こんなのひめの未来じゃない!」」


重なる声に目の前の景色は暗転した。嗚呼、これは私が初めて未来を消した時の――



「もし………が……なら………」










「やあ。お目覚めかな?ひめちゃん」

「……なじみちゃん」


ぼんやりと私を覗き込むなじみちゃんに目を向ける。頭の下にある柔らかい感触が、なじみちゃんの大腿だということに気付くまで数秒。
嗚呼、私寝てたんだ。身体を起こしまだ半分寝ている脳を起こそうと眉根を寄せる。

嗚呼、何だか夢を見ていた気がする…とても懐かしい夢を。どんな夢かは忘れてしまったけれど…忘れちゃうくらいなら大した夢ではなかったんだろう。

顔に掛かる髪をそっと掻き上げる。大分伸びたな、なんて腰辺りまである藍色の髪を見ると、傍らにいるなじみちゃんが「ひめちゃんは髪長い方が似合うぜ」と笑った。
ならこれからもずっと伸ばそうかなぁ、なんて髪を一房手にしながら呟けば、脳裏に浮かぶ同じ色の髪を持つ双子の妹。

そうだ、あれにも挨拶に行かないとね。

心配そうにしているなじみちゃんが視界に入り、苦笑いを零しながら首を横に振る。もう、なじみちゃんったら心配性なんだから。


「行こう、なじみちゃん」





王子様のキスなんて、なくても目覚めるんだよ。




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