「―――――ひめちゃん?」
「ん?どうしたのだ球磨川」
「――――いや、なんでもないよ」
ひめちゃんに名前を呼ばれた気がして振り返ったけれど、背後にあるのは聳え立つ校舎だけで愛しい彼女の姿はない。なんだ気のせいかと思い前に向き直る。
“私、ずっと待ってるね”
血の気が引くなんてものじゃない。全身が底冷えするかのように手の先から冷えていく。
どうして、今の今まで忘れていたんだろう。目先の幸福(しあわせ)に目が眩んで、誰よりも大切な彼女を忘れるだなんて、
めだかちゃん達の呼び止める声を無視して走る。息が切れようが、足が震えて縺れようが関係ない。早く、早くひめちゃんが待ってる教室に行かなければ。
階段を幾つも駆け上がり廊下を走れば、彼女が待つ教室の扉が見えた。
「っ、ひめちゃん!!」
力いっぱい扉を開けど、其処に彼女の姿はなかった。必死に酸素を吸い込みながら教室を見渡すが、何度見渡してもひめちゃんの姿は見当たらない。
「ひめちゃん!ひめちゃ…」
「ひめちゃんなら此処には居ないぜ」
背後から聞こえた声に振り返る。見慣れた容姿とは少し違うけれど、間違いなく、彼女は僕が封印した――
「安、心院さん…」
「やぁ。夢以外で逢うのは久しぶりだね、球磨川くん」
「っ、どうして!却本作りは…」
「封印が少し緩まったからね。久しぶりに外に出てきてみたのさ」
まあ本調子という訳にはいかないけれど、と笑う安心院さんに内心冷汗をかく。まさかこんな早くに出てくるだなんて思ってもみなかった。
どうする、もう一度却本作りで――
「君のお陰で封印も緩まって外に出られたし、ひめちゃんも手に入った。感謝するよ球磨川くん」
螺子を安心院さんに螺子込もうとしたけれど、見えない壁のようなものに遮られる。
ひめちゃんを返せ、そう告げれば安心院さんは困ったような笑みを浮かべた。
「返せ?それは可笑しな話だよ球磨川くん。だって先にひめちゃんを捨てたのは君じゃないか」
「違う!」
「違わない。君はひめちゃんを捨ててめだかちゃんを選んだ。生徒会副会長になったんだろう?」
「違う!!」
「違わない。決死の覚悟で引き止めたひめちゃんの腕を振り払ったのは――間違いなく君だぜ?球磨川くん」
違う違う僕はひめちゃんを捨てた訳じゃない誰よりも大切なひめちゃんを捨てたりなんてしないひめちゃんひめちゃんひめちゃんひめちゃんひめちゃんひめちゃんひめちゃんひめちゃん
「―そうだ、折角だから安心院さんがいいことを教えてあげよう」
明るい安心院さんの声に意識を戻せば、いつの間にか僕の顔のすぐ横まで安心院さんの顔が迫っていて――
「 」
嗚 呼 、僕 が 悪 か っ た の か