さようなら、愛しいひと



目蓋をそっと持ち上げる。
見渡せば一面漆黒の闇。私以外何も存在しない。ただただ、私をも飲み込もうとするように暗い闇が広がっているだけ。


「禊くん……」


私の一番大切な人の名前を呟く。それと同時に先程なじみちゃんが囁いた言葉が脳内をリフレインする。


“ぜーんぶ、消失しちゃおうぜ?”


消失す、それは私の十八番だ。
こんなにも苦しいなら、全部消失してしまえば楽になれる?この苦しみから解放されるの?


“違う!こんなのひめの未来じゃない!”


初めて、私が時間を消失した時の事を思い出す。
最初はいつか禊くんも気付いてくれるって思ってた。めだかじゃなくて、私を選んでくれるって信じてた。でも、何度繰り返しても未来が変わることはなかった。

変わらないのは私が変わろうとしないから、行動しようとしないから――そう気付いたのは5000回程同じ時間を繰り返した時だっただろうか。気付いた時には私は随分と臆病になっていて。
行動しても変わらないという現実を突き付けられたら、私はもう自分の足で立てなくなってしまう。そんな言い訳をして、ただただ同じ時間を繰り返していた。


“『ひめちゃん、』『好きだぜ』”


会長戦の前、禊くんから好きだと言われたのは、果てしない時間を繰り返してきたけれどあの朝が初めてだった。
今回は違うのかもしれない。禊くんが私を選んでくれるかもしれない。私は震える足を叱咤して、初めて禊くんを引き止めた。だけど、禊くんは止まってくれなかった。帰ってきてくれなかった。


未来は、変わらなかった。


手を翻し上空を仰ぐ。
そうだ、全部消失してしまおう。私を苦しめる世界ごと、めだかも、私を愛してくれない禊くんも…全部、全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部、


「(本当に、彼は愛してくれなかったの?)」


ぴたり、と翻された手が止まる。
そんなの、決まってる。


「禊くんは私を愛してはいなかった」

「(禊くんはひめを愛しくれていた)」

「違う!だってめだかに括弧つけないで愛してるって言ってた!私には本音で話してくれたことないのにっ」

「(括弧付けていても、禊くんはひめに好きだって言ってくれた。誰にも愛されないひめに、初めて愛をくれた)」

「それは偽物の愛だった!全部全部嘘だったの!禊くんがくれた愛も温もりも、全部全部偽りだったのっ」

「(それでも、ひめは禊くんと一緒にいれて幸せだった。もしかしたら、あの愛は偽物だったかもしれない。でもあの温かさは嘘じゃない、本当に感じたよ)」

「じゃあどうして禊くんは私を捨てたのっ!私が要らない子だから、だから捨てたんでしょうっ!!」


頭の中の声が止んだ。
気付けば私の身体は闇に浸蝕されており、少しずつ自身の体が見えなくなっている。
怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いよ、禊くん助けて、助けて――


「これ、は――?」


突然、私に光が降り注ぐ。それまで闇に同化していた身体から闇が引いていった。
嗚呼、私はこの光を、温もりを知っている。


「…………温かい」


ぎゅっと光ごと自分自身を抱きしめる。
禊くんは私を愛してはくれなかった。けど、禊くんが私にくれたこの優しさだけは、嘘じゃないって信じてもいいよね…?
ゆっくりと、光の先に居るであろう彼に向けて手を伸ばす。
そして彼の名前を呼ぼうと口を開いた瞬間、何処からか声が聞こえた。


“愛してるぜ、めだかちゃん”


どくんと心臓が鷲掴みにされたような痛みが全身を走り息を飲む。
あの、めだかと和解した時の幸せそうな禊くんの顔が脳裏を過ぎる。嗚呼、そうだよね。折角、禊くんは日の下で生きられるんだから――

私が居たら、邪魔だよね。

伸ばしていた手を下ろす。すると待ち望んだように闇が再び私の身体を浸蝕し始めた。今度は、不思議と怖くない。
自分の手を見たが、既に闇に飲まれてその形は確認出来なかった。

「みそぎ、く――」


私の声が聞こえなくなる。嗚呼口も飲み込まれたか、と何処か冷静に考えていた。私は構わず在るはずの口を動かす。


禊くん、愛してるよ――









そして、私の視界から光が潰えた。



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