枯渇した百合を踏む



私は、幸せだ。


会計戦では勝てなかったし、身体はぼろぼろで、お腹は痛いし熱いし息も苦しいし。それでも、私の心はこんなにも晴々としている。

大切な人を守れた。こんな私でも生きていていいんだって肯定してもらった。善吉くんに毎日私が作った味噌汁を飲みたいと言われた。
すごく、幸せ。


それにしても善吉くんったら、急に毎日味噌汁が飲みたいだなんてみんなの前でプロポーズして。怪我が治ったら腕に縒りをかけてお味噌を作らなきゃ。善吉くんは何味噌が好きなんだろう…聞いておけば良かったなぁ。赤味噌?白味噌?それとも合わせ味噌かなぁ。とりあえず米味噌と麦味噌と豆味噌を作って…あ、甘口や辛口もあるから全部作らないとね。備えあれば憂いなしって言うじゃない。その日の気分で飲みたいお味噌汁が変わるかもしれないしね。


「(楽しみだなぁ、)」


担架に揺られながらそんな事を考えていると、ふと感じる視線。
横に目を向けると少し離れた所に見える人影。日傘を持ち、無表情でこちらを見るあの人は間違いなく――


「……ひめさ…」

裏切り者


ぞくり、と背筋を這う悪寒に全身が粟立つ。這い寄る闇に引っ張られそうになったけれど、なんとか持ちこたえる。
最初は気付かなかったけれど、ひめさんは私達には測りきれない過負荷(マイナス)を抱えているんだろう。重くて、深くて、どす黒い過負荷を。

ひめさんが私を救ってくれたように、私はひめさんを救うことが出来ない。深い闇に揺蕩うあの人を救えるのは球磨川さんか、それとも――


瞬きを一回、視線の先に居たはずのひめさんは消えていて。


ひめさんに恩を仇で返していると自分でも思う。それでも、私は私が救われた時と同じように、どうかひめさんにも誰かの救いの手が差し出されることを、願わずにはいられなかった。













「『んじゃ』『がんばれ』」

「がんばる」


会計戦が終わりとある教室の一角。蝶々崎は血まみれになった球磨川を足で踏み付けて笑った。常に理性的に過ごしていた彼は、理性に縛られない世界がどれだけ素晴らしいかに気づき歓喜する。
そんな中コツン、と床を靴で鳴らす音が聞こえ蝶々崎は振り返った。


「ひめ、さん……」


後ろに立っていたのは自分が今足蹴にしている人物の恋人で。今の状態を把握した蝶々崎は胆を冷やし、慌てて弁解を述べようとする。


「ひめさん、これは…その、やりたくてやった訳じゃ、」

「禊くんに頼まれたんだよね?大丈夫、分かってるから!」


明るく笑うひめに、内心安堵の息を吐く蝶々崎。彼女の前で気は引けるが、彼に頼まれた通り死体を掃除用具入れにでも入れようと手を伸ばすと、伸ばされた手はひめの手によって憚られた。


「後はひめがやるから、蛾々丸くんは帰って大丈夫だよ!」

「いや、でもひめさんにやらせる訳には…」

「お願い、やらせて?」


先程の明るい表情から一転。
真剣な顔をする彼女にそう返されては、これ以上譲らない訳にもいかないだろうと折れた蝶々崎は二人(正確に言うと一人と一体)の邪魔をしないようにと身体を翻す。扉に手をかけ開こうとした刹那、ひめに呼びかけられた蝶々崎は振り返る。


「日之影空洞には気をつけて」


血溜まりの中、球磨川の頭を膝に乗せ微笑む彼女は神々しくすらあり、暫し見惚れた蝶々崎は吃りながらも返事をし教室を後にした。

蝶々崎が去った後、教室に残されたのはひめと球磨川の二人だけ。
血で自身が汚れるのも構わずに、息をしていない球磨川の髪を梳くひめは、まるで世界に二人きりのようだと穏やかに微笑んだ。



「もうすぐだね、禊くん」



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