白昼夢に取り残された



「さて、と」


もう出て来て大丈夫だよ、と善吉を見送った安心院なじみが声をあげると、いつの間にか隣には一人の少女。


「ごめんね、もう少し時間稼ぎ出来たら良かったんだけれど」

「ううん、あれ以上人吉くんの心臓を止めておくことは出来なかったし、なじみちゃんが助けるって知ってて勝手なことしたのは私だから」


安心院の謝罪に少女は穏やかな表情で首を横に振る。
少女の思いの外穏やかな様子に安堵した安心院は、気を取り直してと言うように足を組み替え口を開いた。


「さて、ひめちゃん。君はこれからどうするんだい?」


問われた少女――黒神ひめは、先程の穏やかな表情から一転、ただ無感情な眼で遠くを見つめた。


「どうもしない。私はただ、彼等を見守るだけ」

「見守る、ねぇ…。最近は干渉することが多くなった気がするんだけど、僕の気のせいかな?君が球磨川くんを刺した時は、この茶番を終わらせるのかと内心冷や冷やしたんだぜ」


くすくすと笑う安心院に、遠くを見つめていたひめは今度は自分の両手に視線を落とした。彼を殺した時の、彼の胸に鋏を深く刺した時の感覚が蘇るようで、ひめは爪が食い込むくらい掌を強く握る。


「終わらない終わらせない…まだ、私は――私には、やらなきゃいけないことがあるから」


安心院の控えめな笑い声がぴたりと止む。少しむっとした表情を浮かべた安心院は、すぐ平然を装うように表情筋を操り微笑んだ。
内心、救いようのない馬鹿な子だと嘲笑いながら。


「結果、傷付くのは君一人だけだけどね」

「……」

「不公平だと思わないかい?理不尽だと思わないかい?君一人が傷付いて、泣いて、あいつらは君が傷付いているのも知らずに笑うんだぜ?」

「それでも、私、やらなきゃ…」


今にも泣き出しそうなひめに、安心院は溜め息を吐きながら彼女の頭を撫でる。
安心院は何もひめを虐めたい訳ではない。ただ一人傷付いて泣くことになる彼女が心配なだけだ。
まぁ、今こんな言葉で彼女を止められるくらいなら、とっくの昔にこんな馬鹿な真似は辞めさせているだろうが。

救いようのない馬鹿で愚かしくて其れ故に誰より愛しい子。


「ところで、球磨川くんの所に戻らなくていいのかい?」

「……戻るも何も禊くんの傍にはずっとひめが居るもの」

「嗚呼、そうだったね。僕としたことがうっかり失念していたよ」

「……なじみちゃんの意地悪」


そんな会話をしながら、この茶番劇の結末を知る安心院なじみは人知れずほくそ笑んだ。



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