ドクイチゴを食む



くるり、くるり、

日傘の柄を持ち回す少女が一人。七月下旬ということもあり燦燦と降り注ぐ陽射しはとても強く、それを日傘で防ぎながら少女は足を進める。
七月下旬といえば世間の学生は夏休みを満喫している頃であろう。勿論この箱庭学園の生徒の大半も例外ではない。今頃彼の友人達は血の海で遊んでいるのかと思いを馳せていると、突然耳に届いた女の叫び声。
少女――黒神ひめは一人ほくそ笑んだ。


「みっともないなあ、みっともないなあ、いい歳なのに子供みたいに泣き叫んで恥ずかしくないのかなあめだかは」


突然現れたひめに一同は驚いて彼女を見遣る。日傘を回しながら飄々と笑ってるひめは、阿鼻叫喚と例えても可笑しくないこの場で一人浮いていた。彼女の肉親であるめだかはわなわなと口唇を震わせて叫ぶ。


「どうしてっ、そんなことが言えるのですか!仮にも球磨川はひめお姉さまの大切な人ではなかったのですか…悲しくはないのですか!」

「全然。だって――死なないもん、禊くんは」


飄々と話すひめの後ろでゆらりと球磨川の身体が起き上がる。何事もなかったようにおかえりただいまと言葉を交わしている二人に、めだか達の表情が絶望に染っていく。そんな光景が可笑しくてひめは嗤った。


「残念でした残念でした!人吉くんは完全な無駄死にだよ!ばっかみたい!あはははははははははははははははははははははは」

「がああああああああ」


一際声を荒げためだかは、自身を押さえ付けていた選挙管理委員達を振り払い嘲笑うひめに殴り掛かる。
最悪な事態が皆の脳内を過ぎり、めだかの拳がひめに撃ち込まれる直前、


「人吉くん、生き返らせてあげよっか?」


ぴたり、とひめの顔面直前でめだかの拳が止まる。
どういうことですか、と問うめだかは明らかに動揺していて。追い打ちをかけるようにひめは再び口を開く。


「ひめの過負荷なら人吉くんのこと生き返らせてあげられるよ?勿論ただでとは言わないけど!」


疑わしげにひめを見るめだかに、ひめちゃんの言うことは本当だよと球磨川が口を挟む。それを聞いためだかは渋々要求は何かと問うた。
それを聞いたひめの口唇が三日月を描く。


「生徒会戦挙棄権して“私の負けです”って土下座しろ私に跪け跪け跪け跪け跪け跪け跪け跪け跪け跪け跪け跪け跪け跪け跪け跪け跪け跪け」


ひめの要望に場は凍りつき、めだかはそんなこと出来る筈がないと声を荒げ反論するが、ひめは出来ないなら人吉くんは死ぬだけだと無情にも言い放った。


「人吉くんの心臓は止まってるのにそんな悠長に考えてていいのかな?さあ早く学園のみんなを見捨てるか人吉くんを見捨てるかどちらか決めて!あはは、あはははははははははは」


その場に響き渡る嗤い声にめだかは言葉を詰まらせる。二つを天秤にかけて、どちらかを選ぶなんてできる訳無いと倦ねていると、突然ひめの嗤い声がぴたりと止んだ。


「ざーんねん。時間切れ」

「!?ぜ、善吉っ!」


慌ててめだかが後ろを振り向けば、其処には上体を起こす善吉が視界に入る。
一瞬呆けていたが喜んで怪我人に全力で抱き着くめだかに、舌打ちしながらひめは日傘をくるりと回して。


「もう少しだったのになぁ、」


日傘で顔を隠しぽつりと呟いたその言葉は、誰に届くこともなく空に溶けて消えた。



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