04



本当に、最悪だわ。

私の独り言は、誰にも拾われることなく空に溶けていく。私の手には根本からぽっきりと折れたヒール。久し振りのオフでウィンドウショッピングを楽しもうと思っていたのに、初っ端からの不運に溜め息しか出ない。
何処かお店に入って新しい靴を買わなくてはいけないけど、履いていた靴はかなりヒールが高く、このままでは歩くのもままならないだろう。

いっそもう片方も折ろうかしら…。溜め息を吐きつつそう思案していると、突然背後から掛けられた声。吃驚して肩を揺らしつつも振り返れば、よく見知った人物が立っていた。


「綺羅…っ!」


気配なく背後に立っていた綺羅にどこか既視感を感じるが、どうして此処にと尋ねれば、ロケ帰りだと相変わらずな無表情で返事が返ってきた。


「……怜香は、」


綺羅の視線が私の手元で止まり、同時に言葉も止まる。
私は気恥ずかしくなって、視線を反らしながら口を開いた。


「…買い物しに来たらヒールが折れちゃったのよ。もう、本当最悪だわ」


本当に最悪。こんな間抜けで格好悪いところを見られるだなんて。そう内心溜め息を付けば、突然膝裏等にかかる力と変わる視点。
気付けば綺羅の顔が至近距離にあり訳が分からず呆然とする。おかげで、綺羅に俗に言うお姫様だっこをされていると気付くまでに数秒も要してしまった。
自覚した途端、顔に熱が集まるのを感じる。


「ちょっ、何するの綺羅!降ろして頂戴!」

「……暴れたら…落ちる」

「落ちるじゃなくてっ!周りの視線に晒されてるじゃない!ばれたらどうするの、ゴシップ記事に載るわよっ!」


あくまでも小声で綺羅に抗議する。
万が一HE★VENSの皇綺羅だとバレて写真撮られたら、アイドル生命に関わってしまう。大手のレイジングエンターテイメントとなれば、差し押さえて揉み消すことも出来るかもしれないが、今はうたプリアワードのライブ対決を控えている大事な時だ。ゴシップ記事のせいでファンがST☆RISHに流れるようなことになれば、彼等に負けてしまう可能性だって出てくるのだ。

私はHE★VENSのことを心配しているのに、一方メンバーである綺羅は私の抗議など素知らぬ顔で雑踏の中を進んでいく。
いい加減にしないと怒るわよ、と伝えようとした瞬間綺羅の足が止まる。何だろうと視線を移せば、私達の目の前には一軒の店。


「……って、ちょっと本当に待って!なんで此処に入ろうとしてるのっ!」

「……新しい靴」

「必要だけど!でも私こんなとこで買えないわよ!」


海外に本店がある高級ブティック店――綺羅が今入ろうとしている店は正しくそれで。
確かに新しい靴は必要だけど、自分へのご褒美なんかでやっと訪れるようなお店だ。こんな気軽に入る場所じゃない。

そんな私の思いも虚しく、綺羅は私を抱えたままお店に入ってしまった。いらっしゃいませ、と女性店員の声が鼓膜を震わす。
綺羅が定員と一言二言会話をすると、案内された個室。そこで漸く私はソファーに下ろされた。


「これが、VIPルーム…」


流石皇家、とでも言えばいいんだろうか。私の家庭も一般家庭に比べたら裕福な部類だったけど、彼は桁違いだわ…。
内心溜め息を吐いていると、綺羅に名前を呼ばれ顔を上げる。と同時に、足を綺羅に触られて。思わず声を上げたけれど、自分の足先を見た途端声は引っ込んだ。

深いボルドーのオープントゥーパンプス。踵の部分がベルトになってるだけの至ってシンプルなそれは、洗練されたデザインで、


「……前に見付けた時…怜香に似合うと思って」

そう言う綺羅の顔はいつもと同じ無表情なのに、何処か優しく感じられたのはきっと、私の気のせいなのだろう。
そのままもう片方の靴も綺羅が履かせてくれて、宛らシンデレラになったような気分だわ…。不覚にもドキドキしている自分がいるけれど、予想外のシチュエーションに胸が高鳴るのは女だったら仕方ない事だと思うの。しかも綺羅のこれ、無自覚なのよね。質悪いわよ、本当…。


「……行くぞ」

「え、待って会計は…」

「……済ませてある」

「(スマート過ぎる…)ありがとう綺羅、大事に履くわね」


お礼を言えば、振り返った綺羅と目が合う。彼の口角は上がっていて―――え?


「綺羅…笑って……」

「……靴…やっぱり似合っている」

「っ、」


微笑みながらそう言う綺羅に、お姫様だっこされた時並に顔に熱が集まるのを感じる。
急に顔を背けた私に、綺羅は不思議そうに首を傾げているが弁解する余裕もない。靴をプレゼントしてくれた綺羅には申し訳ないけれど、私は赤くなっている顔を見られないよう、彼の手を引いて足早にお店を後にした。


もう、本当心臓に悪いんだから。



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綺羅の言動は天然なのか、将又天然に見せかけた計算なのかは皆様の想像にお任せします。

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