02



「怜香、新曲の打ち合わせは明後日の午後でいいか?」

「そうね」

「このあとは何だったっけー。雑誌の取材?」

「そうね」

「………今日のお昼はー?」

「そうね」


雑誌をぱらぱらと捲る怜香は、何を話しかけても同じことしか返さない。見るからに不機嫌そうな怜香の態度に、収録を終え控室に戻ったばかりの三人は肩を寄せて耳打ちをした。
なんであんなに機嫌悪いの。心当たりは。知らないな…等、本人が居る手前こそこそと話をする。約一名のみ終始無言だが。


「……瑛一、」


冷ややかなソプラノトーンの声に、三人は一斉に振り返る。


「…なんだ?」

「私に……何か言うことない?」

「………その蔑んだ瞳、イ「黙れ変態っ!」


鳩尾に思い切り肘を入れられた瑛一は呻きながら膝を付いた。その様子を見てナギはうわぁ、と声を零し、綺羅は関心を持たず無言を貫く。
痛む鳩尾を押さえ、大事な商品に向かって…とぼやく瑛一に、怜香は心底蔑んだ目を向けた。


「だから顔は止めてあげたじゃない。私は別に顔面裏拳でも良かったのよ…?」


カツン、と不機嫌にヒールを鳴らす怜香の背後に般若を見たのか、ナギは息を飲み綺羅に抱き着く。綺羅は邪魔だと一言呟くが、ナギが離れる様子もない。
一方瑛一は鳩尾の痛みも引いたようで、体勢を立て直していた。


「全く心当たりがないんだが…また八つ当たりか?」

「違……っ、」

「なんだ、図星か」


片方の口角だけ上げて笑う瑛一に、怜香は頭に血が上ったようでもういいわよと怒鳴り控室を飛び出した。
控室に静寂が訪れる。


「…怜香って、瑛一には厳しいよねー。幼なじみだっけ?……瑛一?」


話を振ろうとナギが振り返れば、顔を片手で押さえ笑いを堪えている瑛一の姿が目に入った。訳が分からず首を傾げれば、先程までしがみつかれていた綺羅が溜め息を吐く。


「……さっき、怜香も居た」

「綺羅ぁ、何の話しー?」

「……収録前、ST☆RISHと会った時…あの場に怜香も居た」

「えっ、じゃあ…もしかして瑛一…」


それを知ってて向こうの作曲家にあんなこと言ったの?
そうナギは瑛一に問おうとしたが、ニヒルな笑みを浮かべて居る瑛一に十中八九そうであることを悟り聞くのを止めた。代わりに性格わるぅ、と呟けば隣に居た綺羅にお前が言うなと返されたが。


「あいつは負けず嫌いだからな。くくっ…全く、予想通りの反応だ」

「その笑い方完全に悪役だよねー。今時、好きな子虐めるなんて流行らないよ」

「お前も似たようなものじゃないか」

「僕は目一杯振り回して、僕のことだけ考えさせたいだけだよー。何だかんだ言って、僕のお願いは大体聞いてくれるんだよね」

「……あまり、怜香を困らせるな」

「なんだよ。綺羅だっていつも美味しいとこ持ってこうとしてるじゃん!抜け駆けは禁止でしょ!」


言い合いに発展しそうになっているナギ達を瑛一が鶴の一声で止める。全く、あいつは癖のある奴ばかりに好かれるなと自分の事を棚に上げて笑った。


「あいつは俺達の天使……いや、俺達を惑わすという点では差し詰め堕天使か」








嗚呼もう本当腹立たしい!


ヒールの音を響かせながらテレビ局の廊下を進む。人気のない所まで辿り着いたところで漸く足を止めた。


“お前、俺達の作曲家になれ”


私が、いるじゃない。
HE★VENSの作曲家は私でしょう?私の何が不満なの、何がいけないの。

私はもう…いらないの…?

段々と視界が滲んでいる事に気付いて、慌てて上空を仰ぐ。

曲のアレンジをしていて分かった。彼女の、作曲の才能は本物だと。あれは私と違い天才なんだと、認めざるをえなかった。
でも、それでも、私はあの女に負けたくない。爪が食い込むくらい固く拳を握って唇を噛み締める。

昔からそうだ。私は平々凡々で、幼い頃から輝いていた瑛一とは違かった。釣り合わない、幼なじみだからって生意気だとよく女の子に虐められて、悔しくて、だから頑張って自分を磨いた。瑛一と釣り合うように、瑛一の隣に居ても誰にも文句言われないように、今までずっと…ずっと。

それなのに。


「嫌…嫌、よ……」


最初は周りの女を見返す為に、次は瑛一の隣に居られるように、そして最後はHE★VENSである彼等と一緒に歩めるようにと、少しずつ変化して行った想い。今は彼等と共に在るのが、私の生きる価値であり夢なのだ。だから、


「絶対に、負けないわ」


早く自宅に帰って、新曲のアレンジをもっと改良しなくては。それから歌詞も練り直して、次打ち合わせするときに瑛一達の度肝を抜かしてやる。HE★VENSには私が必要なんだってしらしめてやるんだから!

そして、絶対貴女には負けない。


「待ってなさい、七海春歌…!」



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しかし負ける以外の道がない(アニメ的に)

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