褒められるのには慣れてません



ゆっくり目蓋を持ち上げる。視界にはいつもと違う天井が映ったため一瞬混乱したけれど、すぐにマスターコース寮に引っ越したことを思い出し納得する。
上半身を起こし伸びをすれば、段々と頭が覚醒してきた。嗚呼、よく寝た。夢も見ないくらい爆睡だったわ。

窓の外に視線を移せば、日が落ちかけて橙色に染まった空が目に入る。また休日を寝て過ごしてしまった、と少し落ち込む。寝ることは大好きだし幸せだけど、反面時間が勿体ない気がしないでもない。

まぁそんなこと言っても、また休みの日に同じことを繰り返すんだろうけど。


「あ、起きられたんですね!おはようございます」

「おはよう七海ちゃん。さっきはごめんね、急に寝ちゃって」

「いえ、お仕事でずっと寝てないって聞いたので…お疲れ様です」


労ってくれるなんて七海ちゃん本当いい子…!これが藍ちゃんだったら、自己管理が出来てないと嫌味の一つや二つや三つ飛んでくるところで、


「…此処まで誰が私を運んでくれた?藍ちゃん?」

「はい、美風先輩が此処まで…。あ、あとご飯もきちんと食べるようにと仰ってました」

「見透かされ過ぎてて怖い。…もう本当、頭が上がらないなぁ」


中途半端な時間だけどご飯食べに行くか、ともう一度伸びをすると七海ちゃんが怖ず怖ずと声を掛けてきた。


「あ、あの…先輩、以前何処かでお会いしたことありますか?」

「……ナンパ?」

「ち、違います…!」


首を傾げながら問えば、顔を真っ赤にして否定する七海ちゃん。冗談なのに可愛いなぁと癒されていると、先輩の名前聞いたことがある気がして…と今度は七海ちゃんが首を傾げた。
まぁ、一応作曲家してるから何処かで名前を見たことくらいはあるかもしれないけれど。


「QUARTET NIGHT以外にも色々なアイドルに曲を提供してるからね。七海ちゃんの身近なところで言うと、一ノ瀬くんが以前やってたHAYATOとか」

「HAYATO様の……あっ!」


七海ちゃんが何か思い立ったように机へ向かう。というか、HAYATO様って…七海ちゃんHAYATOファンだったんだ。
パタパタと戻ってきた七海ちゃんの手にはCDが一枚。HAYATOがジャケットのそれは、とても見覚えがあるもので。


「あ、あの、これ…!」

「七色のコンパス…やだすごい懐かしい」

「私、この曲を聴いて作曲家になろうと思ったんです!」

「へぇ、そうなんだ!一ノ瀬くんの歌声ってすごく素敵だよね。聴く人を魅了させるものを持ってるというか」

「はい!一ノ瀬さんの歌声はとっても素敵です…!でも、一ノ瀬さんの歌声をいかすこの楽曲もとても素敵で…こんな曲を作れる東城先輩もすごいです…!」

「……なんか、そうやって褒められると照れる…ね」


でも七海ちゃんの気持ちはすごく嬉しい。ありがとうねとお礼を言えば、七海ちゃんは頬を染めてはにかんだ。何この子本当可愛いお嫁に欲しい。

藍ちゃんにはなあなあに〜とか言われたけど、此処はやっぱりちゃん付けの間柄になりたいなぁ。そう思って提案してみると、とんでもないですと思い切り首を横に振られた。


「私は春ちゃんって呼ぶから。ね、お願い」

「せ、先輩のお願いは聞きたいんですけど…でも、ちょっとこれは…恐れ多いです……」

「えー。じゃあ先輩命令で」

「そんな…!…えっと、その……………冬華……先輩、」

「もう一押しだけど、それ以上は…無理そうだね。うん、我が儘言ってごめん」


いっぱいいっぱいで今にもパンクしそうな春ちゃんを前にしたら、流石にこれ以上は強要出来なかった。うん、本当困らせてごめんね春ちゃん。でも困ってる春ちゃんも可愛いなんて、不謹慎なこと考えてごめんね。


「あ、あの…」

「うん?もうこれ以上強要しないから大丈夫だよ」

「いえ、そのことではなく…。先程はちゃんと挨拶出来なかったので…冬華先輩、不束者ですがこれからよろしくお願いします」


そう言って頭を下げる春ちゃん。
マスターコース、きちんと教えられるか不安だったけれど、この子となら大丈夫な気がしてきた。
寧ろ、これから楽しみだなぁ…なんて。


「こちらこそ、よろしくね」



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