お持ち帰りでお願いします



先日発売された新曲を歌って踊るみんなを見てほう、と息を吐く。正確には伯爵様だけ居ないんだけど、ホログラム上は4人で歌って踊っている。最近の技術の進歩は素晴らしいなぁと感心しつつ、彼等のステージを楽しんだ。


「やっぱり、みんなの歌声好きだなぁ」


彼等と初めて会った時のことを思い出す。強烈に心を揺さ振られて音が溢れて止まなかったなんて経験は、後にも先にもあの時だけだ。あの感覚は数年経った今でも忘れられない。まるで、音楽の海に揺蕩うようですごく幸せだった。

嗚呼、あの日の感覚を思い出していたら創作意欲とともに音が湧いてきた。彼等と出逢ったあの日程音が溢れることはないけれど、それでも時々今みたいに脳内で音が生まれてくることがある。そんな時はきっと、音楽の女神ミューズが降りてきてるんだ…なんて、そんなこと言ってるとまた藍ちゃんに“意味が分からないこと言って”って言われちゃうかな。
とても大人びてる年下な後輩を思い浮かべて、思わず笑みが零れた。彼があそこまで大人びているのには、まぁ理由があるのだけれど。

そんなことを考えながら、いつも持ち歩いている鞄から五線譜とペンを取り出す。
曲が終わっていることにも気付かず、頭の中に生まれている音の行くまま私はペンを滑らせた。







「――そして、春ちゃんには東城冬華ちゃんが…って、あら?冬華ちゃん?」


冬華ちゃーん!と月宮先生が呼んでも返事がありません。どうしたんでしょう、と一十木くん達と顔を見合わせる。もしかして、私なんかを担当するのは嫌で何処かに行ってしまわれたとか…。そんな考えが脳裏を過ぎった時、美風先輩が溜め息を吐いてつかつかと部屋の端へと向かって行かれました。暗がりで見えない所に美風先輩が入ってから数秒、ソプラノトーンの女性の声が部屋全体に響いて。


「痛い痛い痛い、藍ちゃ、頭割れちゃう…!」

「いっそのこと割れたら良いんじゃない?全く、まんまボクが言った通りじゃない。少しは学習しなよ」


ずるずると美風先輩に引きずられている女の人は、若干涙目になりながら美風先輩に訴えていますが、美風先輩は物ともしていません。…女の人がちょっと可哀相です。


「んもうっ、冬華ちゃん!呼んでも返事しないからびっくりしたじゃない!」

「ごめん林檎ちゃん、ちょっとミューズが降りてきてて」


そう言って笑う女の人の手には五線譜があって。ミューズが降りてきたというのはよく分かりませんが、仕事熱心な方なのでしょうか…。
じっと見ていたのがいけなかったのか、私の視線に気付いた先輩が私に向き直った。


「七海春歌ちゃんだよね?これからマスターコースを担当します東城冬華です。よろしくね」


それと遅くなってごめんなさいとふわりと微笑む東城先輩に、頬には熱が集まるのを感じました。はわわ、友ちゃんや月宮先生とはまた違った美人さんです…。
……って、見取れてる場合じゃない。ちゃんとご挨拶しなくちゃ…!


「な、七海春歌ですっ!よろしくお願いしましゅっ」

「………」

「………」


勢いよくお辞儀したものの、恥ずかしくて顔が上げられません。最後の最後で噛んでしまうなんて…私ってどうしていつもこうなんでしょう…。
隣では翔くん達が笑いを堪えているようで…うぅ、酷いです。


「……か、」

「……か?」


挨拶もちゃんと出来ない子だと呆れられてしまったでしょうか…。
私は恐る恐る顔を上げた。







深々とお辞儀した七海ちゃんの顔は伺えないけど、耳が真っ赤なところを見ると顔も林檎のように真っ赤なんだろう。
何この小動物みたいな子。


「……か、」

「……か?」


不思議そうに怖ず怖ずと顔を上げる七海ちゃんに対して、私の理性なんてあってないようなものは吹っ飛んだ。可愛い!と叫びながらがばと七海ちゃんに抱き着くと、七海ちゃんは大変あたふたし始めた。嗚呼もうそんな反応も可愛い。


「もう本当可愛い…!お持ち帰りしたいくらい…!」

「持ち…えっ…?あの…っ」

「冬華、自重」

「あ、藍ちゃんもしかして嫉妬してる?安心して!藍ちゃんも勿論可愛いから!」

「何を安心すればいいのか全く分からないんだけど。大体、どうすればそういう解釈になるのさ」

「藍ちゃん、可愛いはジャスティスなんだよ…!世界を救うんだよ…!」


冷ややかな目を向ける藍ちゃんに、拳を握って力説しているとそうですよねぇ、と柔らかな声が私の耳に届いた。



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