ストロベリー☆ナイト 春歌の秘密編




(SEI・TEN・飛んでけ!OHA♪YAHHO〜!)
「あ、友ちゃんからメールです」
ピ、とメールの着信を告げたその着うたに春歌はメイクの手を止めて携帯を見やる。ここは春歌の楽屋控室、次の音楽番組の収録に向けて待機していた春歌はシャイニング事務所では一応同期になる渋谷友千香からのメールを見てニコリと微笑んだ。同い年だというのに何かと頼りない自分を引っ張ってくれるお姉さんの様な存在の友千香には何時も助けられている。
「終わったら友ちゃんと一緒にご飯です♪」
次の番組収録が終われば今日の春歌の仕事は終わりだ。
友千香もそれは一緒だった様で、仕事が終わったらの食事の約束にニッコリと微笑んだ。了解の返事を送ると携帯画面を今流行りのキャラクターの音符君が飛んでいく。イチゴをモチーフに作られたスマートフォンのカバーのその携帯には春歌の大好きなものが一杯詰まっている。
送信画面が消えると待ち受け画面を暫く春歌は見つめて、またニコニコと微笑んだ。
大好きで、憧れのアイドルのその待ち受け画像は以前部屋に貼っていたポスターと同じものだけれど、とっても素敵なのだ。
上を向いた横顔は美しくて本当に男性なのかと女性の自分でも疑ってしまう位で。それに歌だってとっても素敵だったのだ。あの音楽に触れた瞬間に自分もこうして彼の様に歌えればと、音楽を作っていければと思った。それだけを頼りに走ってきた。今はもう引退してしまったそのアイドルを今でも春歌は思い続けている。
「音楽を作りたい、歌いたいと思った切欠もそれでしたね…」
今はこうして自分もアイドルとしてデビューして、有難い事にTVやCMにも出演している。けれど出来るならば自分がずっと憧れていたそのアイドルと共演などを夢見ていた自分もいて。ふと昔を思い出して感傷的になってしまった。
メイクの続きをしよう、とブラシを手に取った時だった。
コン、コンと控えめなノックの音に振り返る。
「失礼します」
その声には聴き覚えがあって。春歌はそれこそ心臓が口から出そう、という現象に陥った。だってその人は。
「ど、どうぞっ……」
声が裏返ってはいなかっただろうか。春歌は咄嗟に近くにあった携帯を握りしめると立ち上がる。
「失礼します、今少し大丈夫ですか…?」
了承の返事を返せば少しの間を置いて扉が開かれる。そこから姿を見せたのはやはり彼だった。
「お疲れ様です、一ノ瀬さん…あの、何かありましたか?」
事務所の先輩アイドルである一ノ瀬トキヤさん。ST★RISHというアイドルグループの謂わばリーダー的存在である彼は事務所の移籍後、こうして後輩になった自分にとっても良くしてくれる。人気アイドルなだけあってやはりオーラは半端無いですと友ちゃんに報告したら笑われた事を思い出した。
物静かな印象を持つ彼だけれど、歌にダンス、演技と何でも完璧にこなしている様に春歌の目には映る。
そして、そして…。彼がそうなのだ。春歌が憧れ続けた今はもういない、春歌にしてみれば自分が一番大好きなアイドル。
そんな事は口が裂けても言えないけれど。
彼も自分と同じ様にシャイニング事務所に移籍してきた一人である。前の事務所では望まない形でHAYATOを演じ続けていたと謝罪の会見が行われた時の自分のショックは並大抵のものではなかった。
あれは偽りの彼だったのだと、受け入れるのに時間がかかった。
自分が目指してきたものとは一体何だったのだろうかと打ちひしがれる日々だった。
けれど気づいたのだ、彼も、また同じ一ノ瀬トキヤなのだと。HAYATOとして彼が歌う事はもう無いだろう。けれど、HAYATOはきっと彼の中に今も生きてそして歌い続けている。だって彼の歌からはそれを感じる事が出来るから。

「いえ、たまたま通りかかったら君の名前が見えたので……事務所にはもう慣れましたか?」
切れ長のけれど微笑むと優しい事を知っているその瞳にじっと見つめられてほんのりと頬を染める春歌は、少し噛みながらもやっと返事を返すのが精一杯だ。
こんな事ならば直前に待ち受けなんて見るんじゃなかったと、動揺する心を落ち着ける様に言い聞かせるものの、やはり心臓がドクドクと不規則なリズムで脈打ち始めて笑顔が引き攣った。
「あの、何時も本当に有難うございます…皆さんには助けられてばかりで、早く私も一人前になって頑張らないと、とは思うのですが」
「そうですね、ですが君は少し頑張りすぎる所がありますから、あまり無理はしないように」
お兄さんがいたとしたらこういう感覚なのだろうか。春歌は自分よりも幾分も高い長身を見上げて、もう一度有難うございますと頭を下げた。アイドルらしく今日は何処か制服をモチーフにした様な衣装を着た自分の横に立つトキヤもPVの収録の後なのだろうか、白い軍服の様なそれはとっても彼に似合っている。というかとても恰好良いと言えるのだろう。
「あの…他の皆さんは今日は?」
それで気づいたけれど、今日は誰も一緒では無いのだろうかと首を傾ける。たまにこうして楽屋へと顔を出してくれるST★RISHの皆ではあるけれど、一人で楽屋を訪ねて下さるのはとても珍しい事の様に感じる。
「あぁ…他のメンバーはまだ収録中です。私は少しカメラの都合で待ち時間が出来たので」
休憩中です、今日は一日これで終わりそうですね。少し苦笑交じりに吐息を零すその微笑みが、何だかHAYATO様の様で一瞬ドキリとしてしまう。
確かに一日を掛けて撮られるPVの出来は毎回本当に凄いと必ずCDを買う春歌はそう思っている。
それ以上にどの楽曲も何か惹かれるものがあるし、息が合ったダンスもとっても素敵だ。

ST★RISHとは不思議なグループで、それぞれ違う個性を持った人間が集まった筈のその声は不思議な事に素敵なハーモニーを奏でる。そして人を魅了するのだ。それに相まってそれぞれの魅力が引き出されるのは何て素敵な事なんだろうか。
自分は作詞も作曲もする珍しいタイプのアイドルだと言われているけれど、自分が作った音楽を何時か彼らに歌って貰えれば、なんていう烏滸がましい夢を抱いていたりする。
素敵なハーモニー、六人でしか歌えない歌を思い描く度に春歌の中に生まれる音楽、最近は時間が空けば作曲ばかりしている春歌はその事を考えるだけで幸せな気分になれる。
勿論これはまだ秘密であるけれど。
気づけばシャイニング事務所に来てから、自分には沢山の秘密が生まれてしまった様に思う。
どれも人には言えないけれど。
「作曲は順調なんですか…?」
まるで心の内を読まれたかの様な彼の質問にドキリとして、けれど次の瞬間には春歌は微笑んでいた。
「実は、最近凄く作曲をしたい意欲に駆られてまして…時間がある時は作曲ばかりしてます…よければ聴いて貰えますか?」
馴れ馴れしかっただろうか、少しだけ不安に思いながらも問いかければ、是非と言われて春歌は自分の顔が熱くなるのが分かった。これは夢では無いのだろうか。一瞬自分頬を抓りたい衝動に駆られて、押しとどまる。
そうしてトキヤへとそっと差し出したイヤホンを彼が付けたのを確認して再生ボタンを押した。その時だった。


(SEI・TEN・飛んでけ!OHA♪YAHHO〜!)
テーブルに置かれていた自分の携帯から爽快に流れ出したメロディーに、一瞬目が点になった。
(きゃああああああああ!!!!)
春歌は思わず悲鳴を上げそうになる。まさかこんな時にこんな場所でこのタイミングでこの曲が流れるなんて、先程までは夢であってほしくないと思ったけれど、夢であってほしい。
心で悲鳴を上げて、携帯に飛びついてそれを何とか止める。
一ノ瀬さんは今イヤホンをつけているのだから聞こえているわけが無いと分かっていても慌てずにはいられなかった。
どの位恥ずかしいかというともう宇宙が吹っ飛ぶ位の恥ずかしさである。
その春歌の不審な動きに振り返ったトキヤと目があって、嫌な汗がダラダラと流れる。
ま、まさか聞こえていらっしゃった!?いやまさかそんな。
その自問自答の繰り返しで、微笑んだ筈だったのに若干頬が引き攣っていた気がする。
そ、そしてそしてそして……!うっかりイヤホンを渡してしまいましたがそのイヤホンはHAYATO様の何回目かのコンサートで買ったグッズだという事を思い出して思わずこの部屋から転がり出てしまいそうになる自分を押しとどめる。どうしてこう自分は鈍感なのだろうかっ!
もうどうなろうが覚悟は出来ている、ブルブルと震えながら涙目で春歌はトキヤが曲を聴き終わるのを待った。
「とても良い出来だと思います。とても君らしくて…今度の新曲に?」
全てを聴き終えたトキヤはイヤホンを外すと春歌を見やって問いかける。
「有難うございますっ!!あの、ですがまだ未完成なのでもう少し煮詰めていきたいな、と」
正直口だけが勝手に動いていて、その時の事はよく覚えていないけれどとりあえず一ノ瀬さんのこの様子だと着信音が聞こえていなかった様なので内心ホッとして春歌は小さく溜息を吐いた。
「そうですか、ではまた完成した時には私に聴かせて下さい」
一番最初に。なんて心の中でトキヤが思っているとは露知らずに春歌はニコリと微笑んで勿論ですと答えた。
「いい時間ですね、私もそろそろ戻ります」
腰掛けていたトキヤが急に立ち上がった事で春歌は急に近くなった距離にまたドキリとしてしまう。
「あの、聴いて下さって有難うございました」
ぺこりと頭を下げると、その頭の上に暖かい感触を感じて春歌は一瞬固まってしまう。
頭を、撫でられている…?
そう認識した瞬間にはボンと顔が爆発しそうな程の熱を伴って、春歌はまともにトキヤの顔を見る事も出来ずに、けれど彼の背を見送る事になった。
「では、君もあまり無理はしすぎない様に」
そう言って扉を出ていこうとした彼に何も返す事が出来ないでいると、けれど次の瞬間一ノ瀬さんはそこで足を止めた。
そして次の瞬間。
「春歌ちゃんは頑張りやさんだからぁ、あんまり頑張り過ぎちゃ駄目だよ〜じゃあ僕はそろそろ戻るから、ばいばいにゃ♪」
パタン。
背を向けたまま、そう言って扉は閉じられた。
一瞬、本当に何が起きたのか春歌には理解出来なかった。
春歌は今聞こえた声はまるで幻覚なのではないのかと、その場に立ち竦む。足が貼りついた様に動かない。
久しぶりに聴いたHAYATO様のあの特徴的な口調と声、それを生で…自分は聴いてしまった。
もう絶対に会えないと思っていた彼に自分は。というよりも、一ノ瀬さんがまさか。という頭の中は大混乱だ。
やはり彼にはあの着信が聞こえていたのだ!!
春歌は嬉しさと同時に羞恥心で気が遠くなる。
あの優しくて暖かい掌を思い出す度に顔に火がついた様に熱い。
心拍数がまるで何かのリズムの様にドクドクと脈打っている。
彼に自分の音楽を聴いて貰えただけで嬉しかった筈なのに。
彼はきっと自分のためにそうしてHAYATO様を演じてくれたのだろう。
ずっとずっと夢にまで見てきた憧れのアイドルの彼に。
自分は出会う事が出来たのだ。嬉しくて嬉しくて、それだけで涙が溢れそうになった。
「有難うございます、HAYATO様……」
次に彼に会う時に一体どんな顔をすればいいというのだろう。
けれど幸せな胸の痛みに春歌は目を閉じて有難うを繰り返した。
そして扉の外で春歌と同じ様に蹲ったまま羞恥に耐えている人間が居たなんて春歌には知る由も無い。









 up 2012/07/23
オフで発行したpinkboxの短編の一つになります。
トキヤ、勝負に出るといった感じですがどうしてもHAYATOを演じて
欲しかったというのもあって何だか詰め込み過ぎた感じに…。





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