※春歌のパートナーはレン/でもトキヤ×春歌です。







ただその声が聴ければいいと思っていた―
私の音楽には、彼が不可欠なのだと。
けれど何時しかそれは恋に似ていた気がする。



【モノクローム】



「あの、神宮寺さん…今日は」
「…先約があるんだ、すまないねレディ」

午前の授業を全て終え、五線譜を片手に控えめに自分のパートナーへとかけた声はけれどその周りを取り巻く
女子の鬱陶しそうな目と、またかとうんざりした様なその人の声に掻き消される。
自分の存在そのものを疎ましく感じた。彼のために作った曲は今もまだ
一度も歌われないままに自分の腕の中にある。
レコーディングルームで一人で奏でる曲は今もまだ未完成のままだ。

夏の始まりを感じた頃だった。それでも諦めずに彼へとかけていた声は
何時の間にか喉の奥に押し込められたまま、言葉にならずにいた。
視線を合わせる事も怖くなって避け続けた。
その日は朝からとても億劫で、普段はあまり足を運ぶ事の無い屋上へと赴いた。
「……暑い」

当たり前の事を当たり前の様に呟くのは何て空しい事なのだろうか。
まるで心が空っぽになったようで。隅へと腰を掛けるとお昼ご飯にも目もくれずに
目を閉じてその空気を感じる。ミンミンミン、と蝉の鳴き声―その音はとても自分を急き立てる。
土の中で長い事待ち続けた蝉の命が短い様に。この音が死んでしまう前に、早く。
頭の中で音楽を奏で続ける。描き続ける。そうしなければきっと―

「…こんな所で日焼けですか?」


突然、自分の世界へと踏み込んできた声に、ゆるりと目を開ける。
目の前に飛び込んできた顔はまるで不思議なものを見る様な目で、パチリと瞬きをする。
少しだけ屈んだその長い脚の先には当たり前の様に体があって、首があって頭があって、目があって。
けれどそれは自分が待ち望む人間のそれではなくて。

「…一ノ瀬、さん」

少しだけ霞んだ目を擦る間に横へと腰掛けたその人は、同じクラスのある意味有名な人物である。
人気アイドルに、それも自分が大好きなアイドル―その人の双子の弟であると知ったのは
この学園に入学してからだった。だからだろうか、まともに顔を見た事も無ければ、人見知りをする
性分故に、碌に会話をした覚えも無い。
自分のパートナーとも仲が良い様子は傍から見ればとても羨ましく感じたもので、
けれど何故だろう―こんなにも自然に会話を投げかけてくる彼が自分には宇宙人の様に感じられる。

「…何かありましたか?」
「……え…?」
「最近の君は元気がありませんでしたからね、気づいていましたか?」

(あなた、最近一度も笑っていないんですよ)


ミンミンミン。蝉の鳴き声すらも一瞬、消え去って。
彼の声が何故かハッキリと耳を貫いていく。

「………え?」

膝に置いていた手で頬に、触れる。そういえば最近は誰かと目を合わせる事も無かった気がする。
こうして、至近距離で視線を合わせられるのは苦手で、けれど嫌なわけではなくて。
けれどそれすらも、彼には許されていない気がして。
自分を真っ直ぐに見つめるブルーグレーの瞳は逸らす事など許してくれなくて。
誰にも存在を認めて貰えない自分が苦しくて、そんな自分をけれど見ていてくれる人がいる事が嬉しくて
自然と生暖かいものが頬を伝う―
泣くのは嫌いだというのに、胸が痛くて苦しくなるから。何時までも埋まらない距離を感じて切なくなるから。
未完成な曲はまるで自分みたい。

「泣かないで」

長く、綺麗な。けれど男の人の指で、涙を拭われる。
次から次へと零れる音の無い音楽が彼に拾われていく度に悲しさが埋まっていく気がした。
こんな未完成な思いさえ掬い上げてくれる。
暖かいそれに目を伏せれば、何時の間にかこんなに距離が縮まっていたのだろう。
彼の長い睫がすぐそこにあって。

暖かな温もりは彼のものじゃない。けれどとても心地がよくて、
彼の背中越しに目を閉じた。

「…君が傷つく姿はもう見たくないんです」


呟かれた言葉に雫がポタリと地面に小さな染みを作る。
まるで消えない傷跡のように―



up 2012/07/04






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