来栖翔は迷走していた。
ST☆RISHとしてデビューしてからの自分は本当に人間的にも成長出来たし
アイドルになれた事は本当に奇跡的な事だと今でさえ時折夢ではないのかと
思う事もある位だ。
けれどその一方で何処か納得出来ない部分があるのが現実である。

「……ぁああああ!!違う!!違うんだよなぁ!!」

今日は珍しく一人でのバラエティー番組の収録だ。
前の仕事が思った以上に早く終わり、楽屋で一人次のST☆RISHの新曲の練習に励む。
そんな事は自分にしてみれば日常茶飯事であり、けれど誰にも知られたくない光景である。
努力をするのは好きだ、けれどそれでも補えない事もある。
ST☆RISHの中で誰よりもそれを痛感している。生まれ持っての才能は誰にも真似出来ないものだ。
頭を掻き毟り一人で問答していると、コンコンと控えめなノックの音が聞こえて
ピタリと動きを止めた。

「…あの、翔君、春歌です……」

返事を返そうとした瞬間に春歌の声が聞こえて翔は咄嗟にドアを開いた。

「悪い、いきなりだったから返事しなくて」
「いえ、突然お邪魔してすいません…大きな声が聞こえたので、何かあったのかと」

そんなに自分は大きな声を出していたのだろうか。
翔は気づかない程に熱中していた自分に、そしてそれを春歌に聴かれていた事に
恥ずかしさを感じて頬を染める。

「あーっ…えっとその、大丈夫だ、ごめん!何でも…」

無いと言おうとして、けれど脱力した様に溜息を盛大に吐き出す。
その様子に春歌は一瞬驚いて、けれど心配げに自分を見つめている。

夢を諦めきれずにここまで頑張ってきたつもりだ。必死に走って走って。
人の何倍も努力してきた。そしてST☆RISHという自分の居場所を見つけた。
けれどまだ足りない、自分はもっと出来る筈だ。そう思えば思う程、手を伸ばせば伸ばす程
壁は高く、厚く自分に立ちはだかる気がするのだ。
こんな自分はかっこ悪い。こんな姿を春歌には見られたくない。


「翔君……」

俯いたままの自分を見つめて立ち竦む春歌は翔の後ろのテーブルに置かれた
スコアに、歌の練習をしていたのだと気づいた。けれど春歌が実際聞いたのは
翔の歌では無く、上手く歌えない事への苛立ち。

それは春歌も知っている感情だった。
憧れのアイドルの様に歌の素晴らしさを伝えられるアイドルになりたい
そう思って道を走り出した。先はどれだけ長く険しいか分からない、真っ暗闇の中をもがいてきた。
曲を生み出す素晴らしさを知る内に、けれどそれを自分が歌う事で表現出来ているのか
次第にそう感じる様になった。求めていたものが分からなくなった。
けれどそれを探し続ける道を自分は選んだのだ。
苛立ちだって失敗だってそれは何処かで成功に繋がっているものだと春歌は思っている。
だからその苦しみや痛みだって分かる、そして何よりもそこで躓いたまま
前に進めないで苦しんでほしくないとそう思う。

「翔君、歌ってください」

気づいたら勝手に口が動いていた。
自分でも驚く程に自然に発した言葉に、目の前のスコアを春歌はそっと手に取ると
勝手だとは思ったけれどそれに目を通す。
6枚置かれたそれの翔のスコアには少しだけ皺が寄っている。
そっと指でスコアをなぞると春歌は翔のパート部分だけに目を通す。

「……春歌?」

暗い表情のままの翔の腕を取って春歌はそのスコアを握らせる。
「聞きたいんです、翔君の歌」
だからお願いします。そう言って春歌は微笑む。

「……お前にだったらいいかもな、…悪い所は言ってくれ」
この部屋に入ってきて数分にも満たないうちにこんな状況になるなんて思いもよらなかった。
語らずとも春歌には自分が何に苛立っているのか分かってしまったのかもしれない。
半場やけになりながらも、翔は春歌から受け取ったスコアをもう一度見つめると、
自分のパートを口ずさむ。

那月のパートが終わりそれに被せる様に自分のパートがやってくる。
翔はそれを頭の中でイメージして、自分のパートを歌い上げる。
聴いてくれる人を幸せな気持ちにしたい、元気になって貰いたい。
そんな歌を歌えるアイドルになりたい!自分がアイドルを目指した切欠。
ST☆RISHの歌を歌う度に、自分はそれを思い出す。何度だって。

「…どう、だった?」

歌い終えて息を吐けば、春歌が小さく拍手をくれる。
一瞬だって目を逸らさずに自分の歌に耳を傾けてくれた春歌に翔は嬉しくて
そしてまた、少しだけ恥ずかしさに頬を掻く。

「…翔君の歌、やっぱり素敵です…」
褒められた事は純粋に嬉しい、けれどその先が知りたい。作曲も得意な春歌の事だから
自分に的確なアドバイスをくれるに違いない。翔はゴクリと喉を鳴らした。
「翔君が気になるのはもしかしてこの部分でしょうか…?」

春歌が指差した箇所は確かに自分が先程から問題に思っている場所で、それに驚きを隠せない。
「何で分かったんだ!?」
目を瞠り春歌を見つめれば、普段の春歌からは想像も出来ない程に
真剣な表情でスコアを見つめて、その場所をトン、と指で指し示す。
「ここはきっと皆さんのメロディが一番重なる部分です…翔君を軸に広がっていくメロディですよね。
だから軸がぶれてしまってはと、少し力が入りすぎてしまっているように思うんです」

その部分を指でなぞる様にする、それを見つめて翔はなるほどと気づけば頷いていた。
確かに一番力が入る部分ではあるし、見せ場と言ってはなんだが重要な部分だ。
けれどそれによって調和を乱してしまっているのだとすれば、そこはもう少し抑えた方がいいのかもしれない。
必死になりすぎて見えていなかったものが、けれどそんな些細な事で見えてくる。

「そうか、だから何回やっても…」

納得する様に呟き春歌へ視線を向ければ、ニコリと微笑んで。
一緒に練習しましょうなんて言われてしまえば、何度も頷く事しか出来なくて。
それから皆が戻るまでの間、翔は春歌との練習に時間を費やした。





 up 2012/05/29

翔春編スタートです。





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