innocent world



まるで悪い夢でも見ている様だった。

顔こそ映らなかったものの、彼女と二人の写真が画像投稿サイトに掲載された
事は少なからず周りに波紋を起こした。
周りの友人は気使いの言葉を掛けてくれたものの、それが無かった事になるわけではない。
全ては迂闊だった自分の責任だ。
アイドルになる、一ノ瀬トキヤとしてデビューする。その夢のためならば何でもする。
そうして歩む道は決して楽なものでは無かったけれど、彼女との出会いは自分を大きく変えた。
共に夢を叶え、愛を歌う。初めての恋は甘く胸を焦がすものだったけれど、
この気持ちを伝える事は許されない。気づかないままでいられたらどんなに楽だったのだろう。
あのダンスパーティーの夜を思い出す。この一時だけはお互いに柵なんてない、ただの一ノ瀬トキヤという男でありたい―
彼女との愛が無理だというなら、せめて彼女の隣はずっと自分のものだけであってほしい。
そう自分を納得させるために彼女と距離を置いた日々が今は懐かしい。
卒業オーディション、彼女の思いが沢山込められた音楽、眩い程のスポットライトに拍手、優勝。
そのどれもが一瞬にして頭を駆け巡り、埋め尽くす。幸せすぎて怖い位、彼女を腕に抱きとめた瞬間の幸福は筆舌に尽くしがたい。

けれど幸せは何時だって一瞬で脆くも崩れ去る。

「一ノ瀬さんならきっと、大丈夫です」

あの日、最後に廊下で出会った彼女を見た瞬間。
彼女の瞳を見た瞬間に、何処か決意を秘めたその目に、胸騒ぎを覚えた。
差し出されたCDを受け取れば彼女は信じられない様な言葉を告げた。

「事務所を辞めてきたんです……だから、もうあなたの隣に立つ事もありません」

頭が真っ白になった。
彼女は今何と言ったのだろうか。少しだけ赤い目で眉を寄せて微かに微笑む。
悲しい笑顔が辛くて、目を背けた。

「嫌です…っ!!どうして離れなければいけないっ!?あなただけが犠牲にならなければいけないっ!?」

彼女が隣にいるのが何時の間にか当然になっていた。傍にいるだけで幸せな気持ちになれた。
自分が唯一安らげる場所、今はそう言える。

彼女に出会い変わった自分。そしてこれからも変わっていけるだろう自分。
ようやく取り戻した自分の夢は、それは彼女と描いていく筈の未来。
それなのに―

彼女は自分の手を今、離そうとしている。そして、そうさせたのは自分なのだと知る。
喉がまるで焼ける様に熱く、胸が熱く、もどかしい程に言葉が出てこない。
あまりの悔しさに零れる涙が自分でも信じられずに、壁へと手を打ちつける。

「犠牲なんて、言わないでくださいっ…私の夢はもう十分叶いました」

だから、だから。私の傍を離れるという彼女が信じられなかった。
今まで過ごしてきた時間は一体何だったというのだろう。
彼女にとっての自分の存在は一体なんだというのだろう。
こんなにも簡単に手放してしまえる思いだったのだろうか。
泣きそうな瞳で、けれどそう言った彼女の顔が頭に焼き付いて離れない。
どこか儚げで、消えてしまいそうな君を何時も守らなければと思っていた。
抱きしめていないと何処かへ行ってしまいそうな君を守るのは私の役目だと。
だから正直彼女のその言葉を聞いた時に何処までも傷ついている自分がいた。
彼女を守りたかった。何者からも。自分がどんなに傷つけられようと構わない。
彼女だけは守りたかった。それなのに。
それを壊し、彼女の夢を奪ってしまったのは自分なのだ。

「今までとても幸せでした、私……ありがとう……トキヤさん」

背を向けて、声は少しだけ震えていた。
最後に呼ばれた名前に、嬉しいのに切なくて、涙が零れる。
くず折れる様にその場へと落ちて、彼女の足音を見送るしか出来ない
これはそう。きっと、悪い夢―



up 2012/07/10

当初は長編だったのですが次回で終わりそうなのでshortに。
加筆修正しました。

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