一万打記念小説
※Sクラプリンスと春歌(瓶底眼鏡ちゃん)が幼馴染だったらパラレルです。
放課後ロマンティカ-2-
今時珍しく分厚い眼鏡をつけて蚊の泣く様な声での自己紹介。
特技はピアノです。そう言った声はだけど可愛かった気がする。
夕暮れの教室で椅子に座って少しだけ項垂れたその子を見た瞬間に、何故か声をかけていた。
「本当は入試の時に提出する筈の曲だったんです…」
少しだけ苦笑してピアノの前に座ると、綺麗な白魚の様な手が鍵盤に触れる。
ゆっくりと奏でられるまだ歌詞の無いその音に始まりから惹かれていく。
テンポはゆっくりと段々と早くまるでまだ見えない未来へとつき進んでいく様な曲。
音也はそれを聴いた瞬間にどうしても歌いたいという衝動に駆られた。
「翼が、ほしい」
サビへと進んだ時に彼女の可愛らしい声がある一部分だけを歌い上げる。
「ここは、ここだけはこの歌詞を入れるって決めてるんです」
ニコリと微笑んだ彼女に、音也は一瞬ポカンとした後に興奮を隠しきれないまま大声を上げた。
「凄いっ…!凄いよ七海っ…!!」
ギュッと手を握りしめて春歌へと向き直れば緊張していたのか手を少しだけ震わせた彼女が
戸惑いの目でこちらを見ていた。
「ピアノも感動したけどさ、君が作る曲、俺は凄い好きだよ!」
私が作る曲が好き。好き。幼馴染もそう言ってくれたけれど、本当に嬉しかったけれど
初めてこの学園で仲良くなったと一方的にでも思っている人にそんな事を言って貰えるだなんて
思ってもいなかった。嬉しくて胸がドキドキして、鼓動が早くなる。
まるで一つの音楽の様に。
「…嬉しいですっ…そんな風に言って貰えるなんて…」
「だってほんとに凄いんだもんっ!ねぇねぇ、他にはどんな曲作るの?」
俺もギター持ってくれば良かったな。そう言って喜ぶ音也に、春歌は促される様に次の曲を
弾こうとした時だった。
「…春歌…ここにいたんですか」
カラリと静かに開いたドアから姿を現したのは、小さい頃から自分の事をどんな些細な事でも
気にかけてくれる幼馴染で。
「トキヤくんっ…!あの、ごめんなさい態々Aクラスの教室まで探しに来てくれたんですか?」
「終わったらすぐに来る様にと言っておいたのにあなたは何時まで待っても来ませんし、他の二人も待ちくたびれていますよ」
小さく息を吐いたものの、その顔は少しだけ微笑んでいて二人の親密さを伺わせる。戻りますよ、そう言って今にでも手を引きそうな
トキヤに何時もとは違う彼の表情に音也は驚きのあまり声を上げる。
「トキヤ!え、二人共知り合いなのっ!?」
「え…?あの…私とトキヤくんは幼馴染でっ……お二人はお友達だったんですか!?」
けれど春歌は春歌で二人が知り合いだった事に驚いた様でトキヤを凝視している。
「友達なんかじゃありません、寮が同室なだけです」
「酷いよ〜トキヤ!」
「酷いも何も私は本当の事を言ったまでですよ」
「…七海とトキヤが幼馴染ってなんか、信じられないっ!」
七海はこんなにいい子なのにっ!
音也は頬を膨らませてトキヤへとせめてもの皮肉を言うものの
けれどトキヤは冷静にそう言うと、もう用は無いとばかりに鼻を鳴らす。
「お二人とも仲がいいんですねっ」
何処をどう見ればそうなるのか分からないけれど春歌は嬉しそうにそう言って
自分の机まで行くと鞄を持って教室の外で待つトキヤの元に急いだ。
「今日は有難うございました、一十木くん、また明日」
「ごめんね引き止めちゃって!またピアノ聴かせてよ」
振り返って教室の音也に告げれば元気よく手を振っている彼に
自分も手を振りかえす。背を向けていた筈のトキヤは何か言いたげにこちらを見ていたけれど
また明日ね〜という音也の声に微笑むと歩きだした。
***
「あの、トキヤくん…何か怒っていますか?」
音也と別れた後、背を向けたままの彼に何も言わずにその背中を追いかけて
春歌は歩いていた。小さな頃から見てきた背中はけれど何時の間にこんなに大きくなったのだろうか。
あの頃同じだった背は何時の間にか追い抜かれて今は彼を見上げるばかりだ。
「…怒ってなんていません、ですが…」
「…ですが?」
昔から幼馴染の中では一番無口で、無愛想。そう言ってしまうと聞こえが悪いが
一番心配症で誰よりも努力家だという事を春歌は知っている。
あまり多くは語らないけれど何時も自分の事を一番に考えてくれる事も。
「…いえ、何でもありません…初日はどうでしたか?」
けれど振り返るままに一度瞳を合わせて、話題を変える様に今日の話をするトキヤに
春歌は少しだけずり落ちた眼鏡を指で押し上げて、けれどそれが無意味だと知り眼鏡を外した。
「…皆がいないのはとても不安と緊張で一杯でしたが、何とか頑張っていけそうです、トキヤくんは?」
外した眼鏡を鞄から取り出したケースにしまうと春歌はトキヤへと問いかける。
幼馴染一同に進められた眼鏡は視界はいいものの、普段はコンタクトの春歌には少しばかり邪魔なのだ。
その他にもスカートは長めで、タイツは黒の80デニールだ!なんて言われてしまえば
ほとんどオシャレなんて出来る所は靴位のものだ。
同室の渋谷さんにも眼鏡はやめなさいなんて言われたけれど、これを絶対に外さない様にと
幼馴染と約束をしてしまったのだ。
そんな事を思い出している内にトキヤくんの顔は少しだけ曇って、けれど次の瞬間には苦笑に変わって。
「…何だかおかしな感じがします、それも当然でしょう、ずっと四人で一緒が当たり前でしたからね」
その笑顔が何だか少しだけ寂しそうな気がして春歌は目を伏せる。
確かに入試の課題は間違えてしまったけれど、けれど提出する筈だったそれを間違えなかったとしても
自分がSクラスに入れた確証などはない。
けれど作曲家になりたいと思ってからの自分は持てるもの全てを注ぎ込んで頑張ってきた。
自身が無いわけじゃない。けれどもっと自分を成長させたい。少しでも皆に追いつける様に頑張りたい。
そのためには彼らと少しだけ距離を置く事も必要なのだと、そう考える様になってきた。
「トキヤくん…ごめんなさい」
けれど謝罪の言葉を告げずにはいられなかった。
目の前で宙ぶらりんの彼の手をとって手を握る。幼い日の小さな手はもうそこには無かったけれど、
けれど暖かさはあの時と同じ様な気がした。
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up 2012/05/10
ギャグ要素満載にするつもりがうっかりシリアスに(@_@;)
まだ何か全然続きそうですすいません…