自分達の楽曲に満足していないわけでは無いし
今までだってこれからだって何事にも全力で取り組んでいくつもりだ。
けれど彼女の世界を垣間見た時、何故か求めていたものに辿りついた様な気がした。



あれから遅れて戻ってきた真斗や那月は椅子に座ったまま放心状態の
音也の目の前に置かれたままだったDVDをもう一度一緒に鑑賞した。
まるで学生時代の様なその光景に那月が喜んでいたのも一瞬で
数分後にはその眼鏡の奥の瞳は画面に釘付けになっていた。
やはり七海春歌には人を惹きつける力があるのだ。

「……これが事務所移籍後の初めてのシングル曲になるのか」
「そうみたいですね。普段の春ちゃんも可愛いけどこっちも素敵だなぁ」
「アイドルが作詞も作曲もするのは珍しいと思うのだが、とても完成度は高い」

口々に賞賛する声は、先程のトキヤ達の時と同じだ。
やっぱり春歌の音楽は凄いのだ。音也も改めてそう感じる。
あのトキヤでさえも聞き惚れて、見入っていた。
真斗や那月の声が何処か遠くに聞こえる。



音也は初めて七海春歌という人物を知った日の事を思い出す。
学園在学中にST☆RISHとして、6人組での華々しいデビューが決まったのは本当に
喜ばしい事だった。本来であればアイドル志望者と作曲家志望がペアになり
卒業時にはオーディションを受けてデビューを争うのがこの学園のしきたりではあるが
前例にないこの卒業と共にデビューという事態に浮かれていたのは確かだ。
アイドルになるのが幼い頃からの夢であったし、それには理由があるけれど。
けれどもただ純粋にこうして自分がこの世界に残れる事に安堵したのは事実で。
頑張れば頑張る程仕事は増えていく一方で、自分が求める音楽に巡り会えたのかと言われると
首を縦に振る事が出来ない。その時を全力で駆け抜けてきた6人だけれども、
何かが違うと感じ始めたのは何時からだっただろうか。
そんな時だった。ふと深夜の音楽番組で数十秒程流れた音に、うつらうつらと
眠気に誘われていた音也は何時の間にか眠気を吹き飛ばしていた。慌てて曲名の下にある名前を
確認した時には既に違うアーティストへと変わっていたけれど、しっかりと自分の目的のアーティストの名は確認出来た。

「七海…春歌?」

聞いた事のない名前だった。
深夜の音楽番組で数十秒しか流れないとなればもしかしたら
無名の新人かもしれない。ソファーに座りこんで手元の携帯を引き寄せて
何気なく名前を検索してみる。どうしてだか凄く気になったのだ。
明日はオフだからと夜更かししていたけれど、こんなにワクワクした気持ちになったのは本当に久しぶりで。
数秒程でディスプレイに現れたのは七海春歌という人物に関しての些細な説明だった。
ストリートミュージシャンとして活動していた事、アイドルとして最近デビューした事。
アーティストの括りでデビューしたわけでは無いのかと多少疑問に思ったものの、
気づけばディスコグラフィーの頁を
真剣に見ていた。先程の楽曲は最近リリースされたばかりのものらしい。
インターネットで調べればもっと詳しい情報もあるだろう、
けれど音也はあの楽曲の続きが気になって仕方無かった。

その翌日にはCDショップに赴いて彼女のCDを集めていた。
たまたま特集を組まれていた雑誌を隅々まで読んでいた。聞けば聞く程彼女の音楽に惹かれていた。
それこそ自分が求めるものだったのかもしれないと今考えればそう思える。
彼女にしか作る事の出来ない世界。雑誌の中で何時も少しだけ微笑む彼女のあどけない微笑みにも惹かれていた。


「…一十木」


不意に引き戻される様な感覚で音也は目の前の人物を見つめる。

「…っごめん、マサ…ボーっとしてたよ」
「疲れているのではないか?そろそろ戻ろうかと今四ノ宮とも話していた所だ」
「明日も午後からは忙しいですから、早く帰ってゆっくり休みましょう」

気づけば何時の間にこんな時間になっていたのだろう。
本当に驚く事の連続で頭がついていかない。そうだねと荷物を持つとしっかりその手には
CDを握りしめて楽屋を後にした。

まだあの時の手のぬくもりが残っている。
暖かくて小さな手。あの手がこの音楽を作りあげているのだと思うと、胸が熱くなって
そして久しぶりに緊張している自分がいる。
まさかこんなに傍で彼女と接する機会があるとは思わなかった。まさか自分の後輩として
事務所に入る事になるとも。
またあの時の様にワクワクしている自分がいる事に気づいた。

「俺、おかしくなりそうだよ」


 up 2012/04/20

私もおかしくなりそうだよ^^





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