あれから音楽番組へと出演したメンバーが夜も更けた頃に
楽屋へと戻った時には先程の喧騒が嘘の様に静まりかえっていた。
誰よりも早く楽屋へと戻ったトキヤは先程から嘘の様に静かな音也に
若干気持ち悪さを覚える。煩い事に慣らされていた自分にショックを受けたなんて嘘に決まっている。

「トキヤ…俺、もう一生手を洗わないよ」
黙っていたかと思えば突然つぶやく様にして発した言葉に、椅子へと腰をかけたまま振り返る。
先程目の前に突然現れた憧れのアイドルの、(自分もアイドルであるけれど)しかも大好きな
彼女に心配そうに触れられた指先を見つめて音也はまだ放心状態だ。
先程は平然と歌って踊っていたから心配は無用ではあったけれど
普段の100倍は笑顔がおかしかった。過剰な位の気合いの入りようだった。
それを隣でげんなりした顔で見ていたトキヤはこの男は元来単純だったと
デビュー当時の事を少しだけ思い出した。

「何を馬鹿な事を言ってるんです。ほら、今日はもう終わりですからさっさと明日に備えて」

帰りますよ、という間にもテーブルの上にある「ある物」に一瞬にしてまた石像と化した
音也へと視線をやればそこには先程ここで微笑んで挨拶をしていた彼女がジャケットを飾る
CDがこれみよがしと置かれている。
「月宮さんの仕業ですね…春ちゃんの新しい音源だから聴いてね」そのまま棒読みしたトキヤは
読んでから鳥肌を立てた。
ジャケットに映る春歌はイメージとは違って真っ黒なドレスに喪に伏す様な黒のベールを纏い
寝転んでいる。先程とは一転する様にきついメイクが施されていて、それが神秘的に思える。
楽曲のイメージなのだろうが新たな一面にトキヤは少しだけ気まぐれをおこして
固まったままの音也は放ってケースを開いて歌詞カードを取り出す。

作詞・作曲 七海春歌

彼女は作詞だけではなくて作曲もするのか。それにどこか興味が湧いた。
ケースを開けばそこにはCDとは別でもう一枚、PVが収録されたディスクが付属している。
それをケースからそっと外すとトキヤは設置されている
DVDプレーヤーへとそれを入れる。再生を押せば暫くして画面には春歌の姿が映し出される。
アイドルだからというのは偏見かもしれないけれど、もう少し可愛らしい楽曲をイメージしていた
トキヤは目を瞠る。曲が始まると流れ出すメロディーに、彼女の歌が重なり、生まれるのは彼女の世界観だ。
細く、透き通った声はけれど芯がしっかりあって、想像していたよりもそう、彼女は歌唱力がある。
一つの音楽をその体一つで作り上げる彼女はとても眩い。
常ならばあまり他人の楽曲に興味を惹かれないトキヤでさえも惹きこまれるそれが確かにそこにはある。
普段の彼女からは想像出来ない世界がそこにはあって。

表情があまり映らない様に計算されているのだろう、けれど切なげに歌われるそれに
音也ではないけれど夢中になってしまうのも分かる気がする。

「何を見ているんだい…って…これ」

DVDに夢中になっていて気配に気づく事が出来なかった。遅れて戻ってきたレンと翔はまず
部屋に入るなり食い入る様にDVDを見るトキヤに驚いた。こんなに真剣な彼は影での努力
を怠らない彼にしてみれば普段は見せない表情なのだ。歌詞カードを握りしめたまま
画面の中ではくず折れた黒衣の少女が顔を手で覆ってまるで本当に泣いている様に嘆きを歌う。

「すげー…こいつマジで才能あるって」

二人も未だ流れる画面に釘付けになる。
曲は終盤に差し掛かりジャケットの様に寝転んだ春歌の口元がアップで映されて
紡いでいた唇が閉じて画面からフェードアウトする。何処か不思議な世界観を持ちながらも
見るものを魅了するそれに気づけば息を詰めていたのに気づく。
こうして違う人間の作品を見る事はこの世界にいれば当然の様に多い。けれど
その中でも埋もれずに輝きを放つのは極一部稀だという事も自分達は痛い位に知っている。

「さっきのレディと同一人物…俄かには信じがたいね」

レンは終わりを迎えたDVDをトキヤに代わりオフにすると小さく溜息を吐きだす。
恥ずかしい事に目を奪われたまま数秒固まっていた。
トキヤは我に返った様に椅子に座ると平然とした顔をしているけれど、きっと興味所か
彼女の楽曲を好きになったに違いない。だってその手にはまだ歌詞カードが握られている。

「イッキはまた気絶してるのかい?」
「さっきから全然動かねーけど、って那月の奴遅いな」
「シノミーは聖川と一緒さ、さて俺は先に戻るとするよ、お疲れさんイッチー」
「…ええ、お疲れ様です」

意味ありげに微笑んだままコートを着込んでレンは先に楽屋を出ていく。
まだ戻らない二人もそのうちに戻るだろう。
けれどトキヤは隣の音也を見やってひっそりと息を吐き出していた。
柄にも無く見入っていただなんて自分でも信じられなかったのだから。





 up 2012/04/05

春ちゃんかわいいっていうのを一杯書こうとしたら無駄に長く…
すいませんまだまだ続きます。





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