※主人公→月森孝介








月森がいなくなる夢を見た。朝登校しても教室にアイツの姿は無くて、授業中先生にあてられても俺は当然答えられるはずもなく、一人ぼっちの帰路を月森の事を考えながら歩く、平凡で退屈で、どうしようもなく困難な毎日を送る、酷く悲しい夢を見た。
目が覚めてそれが夢であった事に安堵した。それと同時に、その夢がもうすぐ現実になる事に気がついて無性に怖くなった。月森に出会う前の俺は、どうやって毎日を過ごしていたのだろう。月森に出会えていなかったら、今頃俺はどんなふうに生きていたのだろう。溢れ出した淋しさを抑えることが出来ず、身動きがとれなくなった俺を嘲笑うかのように、温くなった風が窓を揺らした。きっともうすぐ春が来る。



***



「陽介、今日の放課後少しいいか」


朝登校していつも通りの教室に月森の姿を発見するなり、俺は本日二度目の安堵のため息をついた。月森は今までと何ら変わりない、ごく自然な笑顔だ。それはこれから先ずっと、彼が俺の隣にいてくれるのではという有るはずもない錯覚を思わせた。

「陽介につき合ってほしい場所があるんだけど」
「つき合って欲しい場所?」
「まだ稲羽市で行った事がないところがあるんだ。せっかくだし、見ておきたくて」

しかし月森の言葉はすぐに、俺の錯覚をただの錯覚に過ぎないのだということを自覚させてしまう。明らかな別れを予感させるその言葉に俺は今一度自分の気分が落ちてゆくのを感じた。

「…もしかして、駄目?」
「い、いやいや!全然平気!」
「陽介今日元気ないな、風邪か?無理そうだったらまた今度で…」
「全然大丈夫だって、行こう!俺も最後にお前とどっか行きたいと思ってたし!」

月森は、それじゃあ行くかと声に少し不安の色を残しつつも笑った。そのタイミングで入ってきた教師の掛け声に、皆が一斉に振り返る。「じゃあ後で」と言って俺に背を向けた月森の後ろ姿に、無意識のうちにため息がこぼれそうになった。
最後なんて言葉、口にした後で激しく後悔した。最後なんてあるはずないとはわかってる、月森とも会おうと思えばいつだって会える。それでも、俺と月森がこれからもずっと続くだなんて確証、どこにもない。この不安を拭う術など無いのだと、絶望を突き付けられた気がした。



***



放課後、月森が漕ぐママチャリの荷台に乗って色々な場所に行った。元々狭い上に何もない町だ。当然俺達が楽しめるような場所なんてものがあるはずも無く、それでも自転車のペダルを漕ぐ月森の背中はどこか嬉しそうで。俺はその背中を見ているだけで、なんとも形容し難い幸せに涙が零れそうになるのだった。

「やっぱり陽介を誘ってよかった」

帰り道、珍しく上機嫌な口調で月森はそう言う。彼の夕日で照らされた銀の髪が風に揺れる様が、綺麗だなと思った。

「お前なぁ、こういうのって普通女の子を誘うもんだぞ」
「なんで?」
「いやなんでって…」
「だって俺は、陽介の彼氏だし」
「かっ…」

こいつの愛情表現は直球すぎる。別にそれが嫌な訳ではないけれども、男に、それも人間として相当完成している月森に、そんな事を言われてしまったら俺は何も言えなくなってしまうのだ。

「…俺はお前の彼女じゃねぇぞ」
「えっ違うの?」
「違うに決まってんだろ!ていうか女じゃねえし!」
「それもそうだな…じゃあ陽介って俺の何なんだろう」

月森はいたずらっぽく笑った。俺は思わず、言葉が詰まる。こいつが望んでる言葉を口にするのは少し勇気がいることだ。

「……彼氏、なんじゃないでしょうかね」
「はは、彼氏と彼氏か」

変なの、と言って月森は楽しそうに笑う。変なのはお前だ。天城も里中も、月森の回りにいる女子が皆彼に恋慕を抱いていた事を俺は知っている。いや、俺だけじゃなくて、きっと月森自身も知っているのだろう。それでも月森は、自分に好意を寄せている数々の女子の手を払って、俺を選んだ。その理由が、ずっとわからなかった。どうして俺なんだって聞きたかった、それでも答えを聞く事が怖かった。本当は俺は、答えを聞くことを望んでいないのではないか。小西先輩の時と同じ、恋は俺の心を弱くする。

「…陽介」
「ん」
「今日、すごく楽しかった」
「…俺もだよ」
「俺は多分陽介の三倍くらい楽しかった」

なんだそれ、ないない、そう言って笑い飛ばしてやったら、思いの他真剣な声で「本当だよ」と言われてしまった。

「きっと俺、大人になっても今日の事思い出すんだ」
「…そりゃどうも」
「これから先辛いことがあってどうしても立ち上がれなくなった時は、今日の事を思い出して、あぁそういえばあの時陽介とあんな事をしたなぁって思い出すんだ」
「…それ、慰めになるのかよ」
「なるよ。俺がいて、その隣に陽介がいて、世界で一番幸せだったと思える過去があるなら、俺はそれだけで強くなれる」

なぁ、陽介。
月森が俺の名前を呼ぶ。いつか俺は、この声を懐かしいと思う日がくるだろうか。声だけじゃない、その温度も、視線も、今俺がほしくて堪らない月森の全てを、いつかは懐かしく思う日がくるだろうか。

「一年間、すごく楽しかった。幸せだったよ」
「…俺も」
「陽介がいたからだ」
「…」
「陽介のこと、好きになれたから」

ずっとずっと、知りたかったことがある。月森はどうして、俺を選んだのか。でもそれは、知らないままでいいと思った。月森が俺を選んだ理由は、もしかしたら俺が望んでいるような綺麗なものなのかもしれないし、もしかしたらそうでないのかもしれない。きっと俺は月森が去った後も、その事で悩みつづけるのだろう。でも、それでいい。わからないままでいい。月森が確かに俺の隣にいて、同じ景色を見て、好きだと言ってくれたという事実があるのならば、それでいい。
間近に迫っている月森との別れに、いつの間にか涙が零れそうになっていて、ちょっと笑えた。



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