「世界に俺一人きりになってしまったかのようだ」

俺がそう零すと、シュウは静かな声でこう答えた。

「僕も、ずっとずっと一人ぼっちだよ」

きっとそう答えてくれるのだろうと、心のどこかで予想していた。そして実際に求めていた答えを彼が口にした事に、何故だか安堵している自分がいた。この世界で一人ぼっちなのは俺だけでは無いのだと、シュウが囁いてくれたように思えたからだ。

「僕がそばにいるよ」

シュウが俺の目を覗き込む。彼の癖のようなものだった。まるで俺の瞳から心の中を見透かすような彼の視線が、俺は嫌いではなかった。

「僕がそばにいてあげる」

だから君はもう一人じゃない。シュウは穏やかな表情でそう言った。彼の指先があまりにも温かくて、なんだか無性に泣きたくなった。
世界にはもう俺一人きりではない、と思った。シュウがいてくれるから、一人ぼっちなんかじゃない。そう思えた。







「君はもう、僕がいなくても平気だね」


雷門との戦いを終えた日。とても星が綺麗な夜だった。シュウは頬に垂らした長い髪を潮風に揺らしながら、穏やかな表情で、穏やかな声色で、そう言った。

「…それはどういう意味だ」
「君はもう僕がいなくたって、一人ぼっちじゃないって事」
「シュウはいなくなるのか?」
「うん。本当は僕ね、普通の人間じゃないんだ。あってはならないものっていうか…」
「わかりやすく言ってくれ」
「幽霊、っていうのかな」

まるで何でもないことを言うかのような声だった。だから俺も、できるだけいつも通りの声で「そうか」とだけ返事をした。

「いついなくなるんだ」
「わかんない。一応君達が帰るのを見届けてからがいいなと思ってるけど、ひょっとしたら今日眠ったら朝にはもういないかもしれない」
「なるほど」
「…驚かないんだね」
「…本当は俺も気づいていたのかもしれないからな」

触れた指先は温かった。紡がれる声は優しかった。向けられた視線は美しいままだった。シュウがもういないものだと確証できる要素など一つも無かったはずなのに、それでも彼のふとした瞬間に見せる仕種にはいつも儚さが付き纏っていた。なんとなく、シュウはそのうち自分の前から消えてしまうものなのだろう、という根拠もない確信があった。

「悲しんでくれないの?」
「これでも十分悲しんでいる。でもそうじゃなくて、」

シュウが不安げに俺の目を見る。呼吸が苦しくなる程に、心臓が締め付けられたかのような気がした。

「…シュウは、何も言わずに俺の前から消えてしまうんじゃないかと思っていたから」
「…うん」
「だからこうしてさよならを言えるだけ、俺は報われているんだ」

シュウは微笑を浮かべながら、「そっか」と言った。嘘。本当は報われているだなんて思ってない。僕がいなくても大丈夫だとシュウは言ったけれど、大丈夫なはずがない。今の俺にとって、一人になる事よりもシュウを失う事の方が遥かに怖い事に思えた。行くなよ、俺にはお前がいなくちゃ駄目なんだ。他の誰かじゃなくて、お前がいい。どうしようもなく重たい気持ちが募っていくけれど、それでもこの気持ちを彼に伝えたところできっと何も変わらない。それがわかっていたからこそ何も口にはしなかった。

「楽しかったよ、いろいろ」
「ああ」
「君に出会えてよかったなって、心から思う」
「俺もだよ」
「…君がいたから、僕はもう一人ぼっちじゃないんだ」
「…ああ、」
「そんな顔しないで」
「…」
「世界にはまだ君が知らない素晴らしい事がいっぱいある。君は幸せになるんだ」

だからちゃんと目を開けて。たとえ眩しくても、前を向いていて。シュウは目を伏せてそう言った。「お前と幸せになりたかったんだ」もしも今そう口にしたら、彼はどんな顔をするだろう。嬉しそうに笑ってくれるだろうか、それとも困らせてしまうだろうか。長く生え揃った睫毛が彼の目の下に影を落としている。その光景を、ただただ見つめていた。

「…じゃあ、最後に僕から白竜へ一生のお願い。聞いてくれる?」
「ああ」
「僕の事を忘れないで。たとえ僕の声を忘れても、一緒に見た景色を忘れても、こうして僕が君の隣に在ったことをどうか覚えていて」
「…もちろん」
「約束だよ」

そんな事言われなくたって、俺がシュウのことを忘れられるはずがないのに。こんなにもったいない一生のお願いの使い道が他にあるだろうか。
彼の切なげな瞳を見ていると心が揺らぐ。今にも指先から光となって消えてしまいそうだと、ずっとずっと思っていた。それが現実になってしまう日がついに来てしまった。好きだと伝えたかった。どこにも行くなと、ずっと二人きりでいたいと、泣き喚きたかった。手を握ってほしかった。強く強く握って、二度と離さないでほしかった。けれどどうしてだか、それを口にするのは酷く我が儘な事に思えた。

「…どうか、元気でね」

シュウは笑った。静かな夜だった。俺はこれから夜が来るたびに、彼のことを思い出すのだろう。俺の右側、きっとこの横顔が、一生頭から離れない。確かに俺とシュウはあの瞬間、世界に二人きりだったのだ。



110210


×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -