その夜俺は、随分と懐かしい夢を見た。シュウと二人で眠る夢だ。もう二度と振り返らないと決めたはずの、優しい思い出だった。


「星が綺麗だね」


同じ布団の中、俺の隣で、シュウはいつも窓の外の星を見ていた。それが彼の日課だったのだ。光を受けて輝く彼の目は宝石のようで、俺にはそれが世界の何よりも美しいものに思えた。星なんかよりもずっとずっと、価値のあるものだった。

「ねぇ白竜、知ってる?」

彼のまっすぐな声は島の澄んだ空気によく響く。まるで白竜という名前の星に話し掛けているみたいだ。彼の事だから、星のひとつひとつに自分で名前をつけていてもおかしくない。眠気にまどろむ頭で、そんな事をぼんやりと考えていた。

「死んだ人ってね、星になるんだよ」
「星?」
「そう。空に帰るんだ」

シュウの手が俺の手を捕まえる。冷ややかな体温がじわりと指先に広がった。彼は今、星を見ていったい何を考えているのだろう。誰か大切な人を過去に亡くしてしまったのだろうか。じっと星を見つめる目が少し切なげに見えた。触れた指先から、シュウの気持ちが伝わればいいのに。そしたら俺は、シュウが抱えている悲しみをすべて吸い取ってやりたい。

「白竜は…」
「ん」
「…なんでもない」

シュウはその先を口にする事を躊躇っているようだった。なんだよ、と少し強めの口調で問えば、シュウは遠慮がちに口を開く。

「…白竜は、もしも僕が星になったら探してくれる?」

彼の曇りのない瞳が揺れた。怯えているようだった。何に、と聞かれても答えようがないのだけれど、なんとなく、頷いてあげなければいけない気がした。

「…シュウが探してほしいなら、探してやるよ」
「本当に?」
「ああ」

ようやくこちらに振り向いたシュウの顔があまりにもうれしそうだったので、思わず俺の頬も綻ぶ。
どうしてそんな事を言うのだろう、とは思わなかった。シュウが近いうちに星になってしまう可能性なんて、かけらも考えなかったからだ。あの時はただ隣で笑うシュウの顔を見ているだけでよかった。それだけが、明日を生きる意味だった。

「オリオン座の近くにいるよ。そしたら見つけやすいでしょ。だから絶対、僕の事を探してね」

そう言って笑った彼の笑顔を、まだ鮮明に思い出すことができる。

あの日の事があったからか、俺はシュウを思い出す時、無意識のうちに星を思い浮かべてしまう。シュウはあの時星を見ながらいったいどんな事を考えて、何を願っていたのだろう。その美しい目には、どんな世界が映っていたのだろう。星を見る彼の瞳が、世界の何よりも美しいものに思えた。彼のその横顔を、いつまでも見つめていたかった。











まるで何事もなかったかのように、いつもと同じ朝がきた。といっても時計の針は10時半過ぎを指していたので、朝ではなく昼と言った方が正しいのかもしれない。完全な寝坊だ。
目を覚ました時、隣にシュウはいなかった。姿どころか、匂いや温度すらも残ってなかった。やっぱりかと思いつつも念のため廊下やリビングも探してみたが、その姿は見当たらない。きっと俺には手の届かないところに帰ってしまったのだろう、と思った。

「…随分とせっかちだな」

もっと長居してくれてもよかったのに。呟いた独り言は彼に届く事もなく、冷ややかな空気に消えた。いや、もしかしたら届いているのかもしれない。そうだったらいい。

 いつもよりもゆっくりとシャワーを浴び、ご飯を食べ、着替えてから玄関の扉を開く。刺すような日差しに目が眩んだ。けれど、不思議な事にそれを不快だとは思わなかった。その眩しさが嬉しかった、鳥の鳴き声が綺麗だった、透明な空気が心地よかった。そんなふうに思えたと誰かに、シュウに、伝えたくなった。それでも彼は、もうここにはいないのだ。

学校とは反対方面の電車に乗ってプラネタリウムに向かう。どうせ今から学校に向かっても遅刻だ、それならいっそサボってしまおうと、先程唐突に思い付いたことだ。昨日電車の中でシュウと交わした会話を思い出せば、駅までの長い時間はすぐに過ぎていった。

プラネタリウムに到着し、座席に座って上演を待つ。しばらくしてアナウンスと共に照明が落とされ無数の星が天井に浮かび上がった。かつてシュウも星を見る度にこのような気分になったのだろうか。三年前のあの日、俺が星に嫉妬していた時、いったいシュウはその目に何を映して、何を考えていたのか。今ならわかる気がする。

綺麗だね、そう言って微笑んだシュウの優しい眼差しを思い出す。声が聞こえそうだった。すぐ隣にいるような気がした。俺の指先をまた握ってくれるような気がしてならなかった。

「…シュウ」

名前を呼ぶ。返事はない。それでもいい。たとえ答えてくれなくても、俺はその名前を呼び続けていたい。
目を開ければ途方もなく長く続く冷ややかな現実があって、目を閉じれば、あの日のシュウの眩しい笑顔が思い浮かぶ。現実と非現実を区切る瞼は、ふとした瞬間、いつもシュウがすぐ側にいるかのような錯覚を思わせた。
君が好きだよ、そう言って笑ったシュウの顔が、今もまだこんなにも近くにある。
あぁ、俺も。俺も、シュウのことが好きだった。そしてきっとこれからも、ずっとずっと俺にとって特別で大切な人間だ。ずっと伝えたくて仕方なかった言葉を、ようやく口にする事ができた。涙は枯れたと思っていたのに、目の奥がじわりと熱くなる。これから先何度迷うことになったとしても、彼の事を思えば、俺はまっすぐと進んでいけるだろう。そんな気がした。

偽物の光を受けながら、今度もう一度あの島に行こう、と考えていた。シュウに会えるのではないかという期待している訳ではなく、ただあの島でもう一度本物の星が見たかった。都会ではけして見ることができない、本物の星を。
数えきれない程の星達、オリオン座の近く。そのうちのどれかがシュウだと言うならば、どんなに時間がかかったとしても探したい。たとえ見つからなかったとしても、探したい。

その横顔が好きだった、優しい目が好きだった、シュウに出会って、世界が色を変えた。いつかまたこの気持ちを彼に伝えよう。



120125




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