ゴッドエデンが僕の世界の全てだった頃を思い出す。あの島は人の数が少なくて空が綺麗で星が眩しくて、こういった都会とは全く正反対の場所だった。島にいた頃はこんな所に来てみたいと思ったことはなかったけれど、実際足を踏み入れてみると道行く人々、最新の機械、大きな建物、その全てに目を奪われてしまった。何もかもが新鮮だった。

「うわ、自動販売機が喋った!」
「自販機ならゴッドエデンの施設にもあっただろ」
「でも喋ったりなんかしなかったよ!」

 日曜日の午後、駅前は老若男女問わぬ多くの人々でごった返していた。今日は学校が休みだという白竜が、せっかくだからと連れてきてくれたのだ。全てのものが初めてである僕にとってこの場所はまるで夢の国のようだった。その夢の国を俺の庭だといわんばかりに歩く白竜に、僕は無意識のうちに尊敬の眼差しを向けてしまう。

「お前お上りさん丸出しだぞ」
「お上りさん?」
「…」

聞き慣れない単語に首を傾げる僕に、白竜は苦笑する。その横顔は、一見別人かと錯覚してしまう程に大人びていた。
こうして並んで歩いてみて改めて実感した事ではあるが、白竜は本当に背が高くなった。普通に顔を見て話すだけでも首が痛くなるくらいだ。僕もこうして成長していたら、今頃これくらいの背になっていただろうか。大人になる事ができる白竜を、羨ましく思わない訳ではない。けれど、それ以上に白竜が普通に大人になれた事が嬉しかった。フィフスセクターだのゴッドエデンだの、普通ではない少年期を送った彼が、今こうして大人になり、高校生をしている。僕にはできなかった事だ。それが僕にとって何よりも嬉しかった。

「…白竜」
「ん?」
「学校、どう?」
「どうって?」
「楽しい?」
「…退屈」
「ふーん…」

特別人目を引く容姿を持っている彼の事だ、学校に通っていれば女の子に好意を寄せられる事も少なくはないだろう。それでも僕はどうしてか、白竜はきっと恋人を作ってはいないだろうと思った。特に理由はないけれど、彼の冷ややかな目つきがそう語っているように見えたからだ。これだけ多くの人間の中にいても、その目は全く他の人間を映していない。昔はもう少し柔らかな眼差しをしていたのに。きっと今の白竜は、世界には自分一人きりだと思っているに違いない。

「…どうしたんだ、急に静かになって」

落ち着いた声だった。究極の事だけしか見えていなかったあの日の彼とは思えない。大人になるって、こういう事か。白竜の言う「三年前」の彼と、今の彼を見比べながら、そんな事を考えた。

「別に何でもないよ」
「…はぐれるなよ」
「子供扱いしないでよ」
「子供だろう」
「…」

白竜から見たら、そう見えるのかな。複雑な気分で彼の後ろを着いていった。











「世の中にはあんなに美味しいものが存在するんだね…」

 まだ口の中に残っている、あの食感を思い出して僕は目を細めた。駅前のハンバーガーショップで昼食を終えた僕達は現在、椅子に座って「プラネタリウム」とやらの上演を待っている最中だ。プラネタリウムというものを知らない僕は白竜にそれが何かと尋ねてみたものの、彼はぶっきらぼうに「星を見るところだ」と答えるだけ。昼間なのに星が見えるはずもない、僕がどういう事、と聞いても白竜はそれ以上の事は何も教えてくれなかった。

「たかがハンバーガーによくそんなに感動できるな…」
「この世にはハンバーガーよりおいしい食べ物があといくつあるんだろうね」
「数え切れない程ある」
「じゃあまた今度僕を連れてってよ」
「…ああ、」

白竜は気まずそうに目を逸らす。その意味がわからない程僕も鈍感ではない。また今度、なんて自分で言っておいてなんだか虚しくなった。僕にその今度とやらは訪れるのだろうか。
そんな会話を交わしていると、密閉された空間に上演を知らせるアナウンスが響き、やがて照明が落とされる。暗闇にドキドキしつつ広い天井を仰ぐと、小さい光が無数に浮かび上がってきた。

「…わぁ、」

 星だ。白竜の言った通りだ、突然夜になってしまったみたい。アナウンスが星座の名前を淡々と告げるが、その無機質な声は僕の耳には入ってこない。天井に広がる眩しい星の数々に目を奪われ、僕は身動きを取ることができなくなった。

「白竜、なにこれ」
「プラネタリウム。全部偽物だよ」
「偽物?星が?」
「そう」

僕の目に映る無数の星達は、三年前のあの日、白竜と最後に島で見た星を思い出させた。あの夜、これが白竜と過ごす最後の夜だと知っていた僕は、しっかりと寒空に浮かぶ星をこの目に焼き付けたのだ。もう二度と星なんて見れないものだと思っていたし、白竜にももう二度と会えないと思っていた。全部覚えている、海の匂いも、頬を掠める風の冷たさも、君とは一緒に行けないんだと告げた時の白竜の泣きそうな表情も。

「懐かしいな」

今にもアナウンスに掻き消されそうな声で白竜は呟いた。

「シュウに本当の事を告げられた夜の事を思い出すよ」
「…覚えてたんだ」
「忘れられる訳がないだろう。むしろ、思い出さない夜がなかったくらいだ」

朝と同じ、白竜は湿った声で言う。まさかと思って白竜の方へと振り向いたけれど、彼は涙を浮かべてはいなかった。あの日と同じだ。冗談だろ、と問いただす声は震えていたくせに、涙を流すことだけは絶対にしない。冷たくなった白竜の眼差しに、あの日の彼の影を見た。

「…君は変わらないんだね」
「変わらないのはお前だろ」
「白竜も変わらないよ」
「どこが?」
「相変わらず白い服着てるところとか」
「そこかよ…」
「僕が白竜には白が似合うって言ったの、覚えててくれたんだね。うれしいよ」
「…」

白竜は急に黙ってしまう。僕は暗闇の中、手探りで白竜の手を見つけだし、ぎゅっと握った。あの日の夜も、こうして手を繋いだ。冗談だろ、と繰り返す白竜の手をこうして握って、このままくっついてもう一生離れなくなっちゃえばいいのにななんて事を考えていた。

「本当はね」

握りしめた指先に力を込める。

「本当は、ずっと君とこうしたかったんだ」
「こうしたかった…?」
「こうやって普通に街を歩いたり、ご飯食べたり、一緒に星を見たり」

目を伏せればあの時の白竜と一緒に見た星が瞼の裏に浮かぶ。ずっとずっとこのままでいたいな、なんて叶うはずもない事を願ったあの夜を。

「まるで夢みたいだ」

叶うはずもない、というのはあの夜からもうずっとわかっていたのに。それでも、今の僕もまた無意識のうちに願ってしまっていた。ずっとずっとこのままでいたいと、この星が一生消えませんように、と。

「…目が覚めちゃうのが怖いなぁ」

君がそうやって泣くのを我慢するから、僕もまた泣き出しそうなのをついつい我慢してしまうんだよ。

結局白竜は上映が終わり照明がつくまで、ずっと俯いたまま星を見ることはなかった。






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