「シュウくんの家に届けてきて欲しいものがあるの」 翌朝母親の声によって起こされた俺のテンションは、日曜の朝に相応しくない低さだった。どうしてこのタイミングなんだ、そう思わずにはいられない。罪悪感で頭がどうにかなりそうだったけれど、どうしても手が離せないのという母親に押し付けられるように野菜の入ったビニール袋を渡され、俺は仕方なく徒歩1分半のシュウの家へと向かった。どんな顔をすればいいのかもわからずにインターホンを押すと、これまた運が悪いことにシュウ本人が出た。 「あ、白竜…?おすそ分け…?わ、わかった、今開けるよ」 シュウの声の節々から気まずさが滲み出ている。こっちはお前の二倍気まずいんだぞと心の中で訳の分からない事を考えながら、シュウに導かれるまま家の中に入った。 「ごめんね、わざわざおすそ分けなんて…」 「いや、別にいい」 「しかもこんなに沢山…おばさんにありがとうって伝えておいて」 「ああ」 会話の所々から漂うぎこちなさに嫌気がさした。俺達は一体いつまでこの気まずさを引きずるのだろう、もう戻れないのだろうか、そんなことを考えると尚更泣きたくなった。 それを顔に出すことはせずに、二つあるうちの片方の袋をシュウに渡す。 「重いから俺も一緒に台所に持っていくよ」 「ありがとう」 勝手知ったるシュウの家だ、冷蔵庫の位置も把握している。その近くに大量の野菜を置くと、シュウはもう一度ありがとうとぎこちなく笑った。 「そうだ、僕の母さんも白竜の家に果物おすそ分けしなきゃって言ってた。今出すから、座って待ってて」 そう言われ、仕方なくソファに腰を下ろす。どうやら彼の両親や妹はどこかに出かけているらしく、テレビもついていない家の中は恐ろしく静かだった。本当は一刻も早く帰りたかったものの、そう言われてしまっては仕方ないので、する事もなくただぼんやりとシュウの横顔を見つめて待つ事にした。 少年らしい横顔だ、と思う。俺達の年頃にしては珍しく、声変わりも終えていない。きっと高い声で喘ぐのだろう、そこまで考えてはっとした。忘れかけていた罪悪感が蘇る。 「…昨日のことだけど」 シュウは色とりどりの果物を袋に詰めながら、そう切り出した。 「…」 「僕の反応は間違ってたよね。あそこは笑い飛ばすべきだったよね。なんか気まずい感じになっちゃってごめん」 …謝るところが微妙にずれている気がする。どちらかといえば、唐突に部屋に入ってきたところとかを謝るべきじゃないかと思ったものの、口にはださなかった。俺にはそれ以上に引け目を感じるべき事があるからだ。 「ちょっと白竜がそういう事するのが意外だったから、驚いただけだよ。まぁ考えてみたら男だし当たり前なんだけど」 「…シュウは?」 「え?」 「シュウも、するのか?」 口にした瞬間、俺は何を口走っているんだ、と背筋が凍った。やめろ、頭の中では警報がけたたましく鳴っているのに、体が何か別のものに乗っ取られたみたいだ。止まらない。シュウを、知りたいと願っている。 「シュウもああやって、昨日の俺みたいに、一人でするのか?」 シュウはいつの間にか果物を詰める手を止め、じっと俺を見つめていた。少し驚いているようだ。その目を見ていると、昨夜の事を思い出す。あのAV女優みたいにその目が涙ぐむ姿を見たいと思う。なんてことだ、朝っぱらから、ムラムラしてきた。今まで溜め込んできた性欲が爆発したみたいだ。 「…朝からそういう話はよくないと思うよ」 「振ってきたのはお前だろう」 「それもそうだけど、」 「で、どうなんだよ」 「…」 シュウはまた俺から目を逸らし、果物を詰める作業に戻った。その表情は髪の毛で隠れていてここからではわからない。ただ、僅かに覗く頬が昨日のように赤くなっているように見えた。心臓がうるさい。ごくり、生唾を飲む音が響く。 「…するよ」 シュウは確かに、その艶やかな唇でそう言った。 「昨日も、したし」 「…何を考えながら、したんだ?」 「何だと思う?」 「わからない」 「…」 「教えろ」 警報が鳴りやまない。これ以上はやめておけと、俺の中の生真面目な部分が叫んでいる。大切なものを失うことになるぞ、と。それでも俺は、これから失うであろうものよりも、遥かに大きななにかを手に入れる事ができるんじゃないかと、根拠も無しにそう予感していた。しばらくの沈黙の後、シュウの唇が僅かに動いたのを見た。 「…君、」 って言ったらどうする? 平静を装ったつもりだったのだろうが、隠しきれない羞恥が言葉の端から滲んでいた。躊躇いながらも顔を上げたシュウは、俺の返事に怯えているように見えた。 「…それは、どういう意味だ」 「わからない?」 「…」 俺は何も言わずに立ち上がり、シュウに近寄る。踏み付けたビニール袋がかさ、と音を立てたが、それもお構い無しに後ずさりするシュウを壁に追い詰めた。 「白竜、何、」 「昨日、俺が一人でしている所を思い出してやったのか?」 自分でもよくこんな台詞を恥ずかしげもなく堂々と吐けるな、と思った。シュウの言葉がうれしかったのかもしれない。体全体が熱を帯びている。止まらないし、もう止めようとも思わなかった。先程まで聞こえていたもう一人の俺の声と警報は、もう完全に聞こえなくなっていた。 「……」 シュウは俯いたまま、何も答えない。きっとそれが答えなのだろう。 「…俺にも見せろ」 「…え?」 「俺にも、お前がしてるところ見せろ」 「……え?」 張り詰めた空気に、間の抜けたシュウの声。目を真ん丸にして、俺の言葉の意味を必死に理解しようとしている。 「…はあああ!?」 そしてその言葉の意味を理解したのか、大きな声で叫び、もう一度後ずさりしようと腕を動かした。が、すでに後ろは壁。シュウは腕を壁に強く打ち付けただけで、それ以上俺から距離を取る事はできなかった。 「ちょっと白竜、何言ってるかわかってるの!?ていうか話突飛しすぎでしょ!!」 「俺だけが見られただなんてずるいだろう!不公平だ!」 「僕が一人でするのを見て白竜に何の得があるんだよ!」 「抜くに決まってるだろう!」 「え、」 「俺も昨日お前で抜いたんだ!二週間ずっと勃たなかったのに、お前の事を考えてたら勃った!」 シュウの顔が更に赤くなった。昨夜の罪悪感は一体どこにいってしまったのか、シュウが俺で抜いていると知るや否や、すっかり主導権を握った気分になっている。 「……」 「照れてないで見せろ!」 「い、今は無理に決まってるだろ!昨日したばっかりだし!」 ごもっともである。が、冷静さにかけた今の俺が、シュウの言葉を鵜呑みにできるはずもない。盛りのついた犬の如く、強引にシュウの服の裾に手をかけると、ひ、と短く悲鳴が上がった。そのまま勢いで捲り上げ、流れで暴れる二本の足首を掴みひっくり返す。今度はシュウの頭が床にぶつかった。痛そうだ。ちょっと申し訳なくなったけど、気にしていられない。 「白竜、ストップ、ストップ!無茶いうなよ!」 「扱いてたら勃つかもしれないだろ!それとも俺が扱いてやろうか!」 「勃つ勃つ言うな!ていうか何でそんな急なんだよ、もっと心の準備とかあるだろ!」 「俺が今ムラムラしてるからだよ!」 「じゃあ僕が扱いてあげるよ!」 「…え?」 「え?」 お互いの顔を見つめあったまま、硬直する。 「…本気か?」 「いや本気かって…え?扱いてほしいの?」 「…」 「顔赤らめないでよ…」 「…すまん」 「…まぁ、扱かれるよりかはいい、かな…」 いやでも、とシュウは頭を抱える。抱えてるというより先程ぶつけたところを摩っているようにも見えたので、とりあえずごめんと詫びをいれた。上目遣いで睨んでくるその目は少し潤んでいる。昨日のAVを思い出して、ドキッとした。 「…白竜はなんで僕に扱かれたいの?」 「なんでって…」 「僕は君にとって、キスとか扱いたりとか、それ以上のことをしてもいいって思える相手?」 当たり前だろう。考えるよりも先に答えは出た。こうやって男同士で扱きあうだのなんだのっていうのは、普通に考えたら変なのかもしれない。それでもシュウ相手なら、俺は全然嫌だと思わない。彼の体の隅々までこの目で見たいと思う。シュウの色々なところに触れたいと思う。なんてことだ、昨夜の一晩にして、俺は完全に彼に惚れてしまったのか。 「…ん!」 シュウの言葉に返事はしなかった、する必要も無いと思った。行動で示してやろうと思ったからだ。塞いだ唇の感触に異様な程興奮している自分がいる。今まで見てきたどんなAVやエロ本よりも、ずっとずっと胸が高まった。シュウの唇を塞ぎつつ、彼の股間に手を伸ばす。汚いとは全く思わなかった。最早完全に惚れている。 「…っ、白竜、ストップ!」 シュウの抵抗を無視し、いよいよズボンを下げたところで、玄関のほうでガチャンと音がした。 「お兄ちゃん、ただいまー!」 シュウの飼っている犬がリビングに飛び込んできて、その後からすぐにシュウの妹が入ってきた。どうやら散歩に行っていただけのようだ。 俺は咄嗟にシュウから離れたものの、顔面蒼白のシュウはひっくり返った体制のまま、その上ズボンは脱げている。(パンツまで脱げていなかったのが不幸中の幸いだ。)シュウの妹は自身の兄のあられもない姿を、無表情でじっと見つめていた。 「…なにしてるの?」 シュウの愛犬が鼻をヒクヒクさせながら、ひっくり返ったシュウの股間から腹部のあたりを嗅いでいた。 120110 |