※しもい 白竜がちょっとアレ


 白竜にはたとえ口が裂けたとしても、絶対に他人には明かす事ができない重大な秘密があった。
それは、白竜が普通の少年達のように女性の体に興奮できない同性愛者、所謂、ホモであるという事だ。
この年頃の少年ならば誰もが好む、たとえばアダルトビデオや18禁本、下の話題など、そういう色事関係のものに全く興味を示さない白竜を、回りの人間は「白竜は性欲がないんだぜ」と噂して回った。が、そんな事は断じて無いのだ。性欲だって一般的な中学生男子程度にはある。ただちょっと、その方向性が違うだけで。
誰かに他言した事はない。当然だ。「実は俺ホモなんだ」と告げた時、あぁそうなんだ大変だな頑張れよ、と今まで通りに接してくれる人間が自分の回りには一体どれくらいいるだろう。大抵の人間おそらく、自分の尻を狙われるのではないかと危惧し、白竜のことを白い目で見るだろう。そうすれば白竜はチームの指導権を失い、そしてそれと同時にアンリミテッドシャイニングのキャプテンとしての立場をも失うことになる。究極を求めるからには、たかが性欲などという下らない壁ごときにその野望を阻止される訳にはいかないのだ。

 かくして白竜はその日も、いつも通り深夜0時を回ってから入浴の準備を進めていた。各個室にもそれぞれ小さな風呂場がついていればこんなにも困ることは無かったものの、残念ながら施設には大浴場が一つあるのみだ。本来ならばチームごとに一緒に明るいうちに入るのが普通なのだが、白竜はそうもいかないのでこうして深夜一人で入ることにしている。
別に男の体ならば誰にでも欲情するという訳ではない(と思いたい)が、用心するに越したことはない。男同士と言えど、白竜にとっては全員が恋愛対象となる可能性を持つ人間だ。チームメイトと風呂に入っている最中にうっかり勃起だなんて事をしでかしてしまえば、その瞬間に白竜の今までの努力は無駄になる訳だし、いちいちそんな心配をしながら風呂に入っていたのでは心だって休まらない。そういった理由から、白竜はこうしてチームメイトが寝静まった後に一人で風呂に入る事にしているのだ。


 施設内は深夜0時を回ると全館消灯する仕組みになっている。当然廊下や浴場も例外ではない。支度を終えた白竜は真っ暗な廊下を転ばないように用心して歩き、そうしてたどり着いた浴場の扉を開けた。更衣室の中はいつもと何ら変わりはない。というよりかは、暗すぎて例え何か変わっていたとしても気がつかない。今日の練習もなかなか疲れた、さっさと済ませてしまおう、そう決め込んで素早く服を脱ぎ浴室に入った。

暗くて見えない足元に注意しつつ、白竜は静かに湯舟に入る。シャワーから吹き出るお湯は十分に熱いが、湯舟の湯は少し温い。が、いちいち文句は言っていられない。白竜はいつもの癖で、ふぅ、と溜息をついた。そこまでは、いつもと全く同じだった。そこまでは。

「…白竜?」

すぐ近くから聞こえてきた声に、白竜は身を強張らせた。

「白竜、だよね?」

随分と聞き慣れた、親しみのある声だった。顔を見なくともその声の持ち主が誰かわかる。白竜は観念して、その声に返事をした。

「…シュウ、か」

全く予想外の出来事だった。背筋を冷や汗が滑ってゆく。あぁ、最悪だ、まさか、よりにもよってこいつが。白竜は全身の血の気が引いてゆく感覚に、眩暈すら覚えた。

「青銅に白竜はいつも一人で風呂に入ってるってのは聞いてたけど、こんな時間に入ってたんだね」
「あぁ…、ていうかなんでシュウがこんな時間に入ってるんだよ」
「練習から帰ってきて疲れて寝ちゃったみたいで。お風呂入りにくるタイミング逃しちゃったんだ。それより白竜、みんなと一緒に入らない理由が恥ずかしがりやさんだから、ってのはほんと?」
「……」

いつの間にかそんな噂が立ってたのか、そんな簡単な理由だったらどんなによかったことか。…じゃなくて。
ざぶん、と波が立つ音と共にシュウの気配が近くなる。すぐ隣にシュウが座ったのがわかって、白竜の心臓はまるで鷲掴みされたかのような気分になった。

(…どうしてよりにもよってこいつなんだよ、)

白竜は以前からシュウに好意を寄せていた。いや、好意と呼べる程明確なものではないが、気にかけていたのは確かだ。艶やかに揺れる髪の毛、淡い色の唇、硝子玉のように大きな瞳、それらに魅了された回数はきっと片方の手では数え切れない。そのシュウが一糸纏わぬ姿で隣にいるのだと思うと、今にもいかがわしい気持ちで胸が溢れ返りそうだった。

「でも今は暗いから見えないし、別に恥ずかしくないよね?そういえば僕、白竜と一緒にお風呂に入るのってはじめてだね。なんかちょっと緊張するなぁ」
「そ、そうだな…」

ぺらぺらと饒舌に話し出すシュウに適当な相槌を打ちながら、白竜は必死に思考を巡らせた。
不幸中の幸いと言うべきか、浴室には小さな窓から差し込む月光以外の一切の明かりがない。仮に白竜がたってしまったとしても、お湯に浸かっていれば余程目を凝らされない限りはわからないはずだ。そもそも白竜からも、目を凝らさない限りはシュウの体は見えない。イコール、反応することもない。完璧だ。白竜は一度、大きく息を吸った。いける。そう確信した。

「あ、僕そろそろ髪の毛洗わなきゃ」

シュウが立ち上がり、シャワーの前に腰掛けるのがわかった。思わず目を逸らしてしまう。
困ったことに、暗闇に目が慣れてきてしまった。見ようと思えばシュウの体のラインくらいは見えてしまうのだ。こうやって目を逸らしていればきっと大丈夫なはず、そうは思うものの、誰かと一緒に風呂に入るというシチュエーション自体が久々で、気分が落ち着かない。それも、その誰かがシュウとあらば尚更だ。

「…」

無言が続く。シャワーがタイルの床を叩く音だけが響き続ける。

「……」

…白竜は、大変なことに気がついてしまった。何度目を逸らそうとしても、いつの間にか視線の中心がシュウの後ろ姿になっている、という大変な事実に。これはまずい、かなりまずい。じわりじわりとぬるいお湯に浸っているはずの下腹部が熱を持っていくのを感じ、白竜は罪悪感で死にたくなった。

「…終わったけど、白竜は髪の毛洗わないの?」
「もうちょっと温まってからにする…」
「?なんか白竜急に暗くなってない?」

シュウの足音が近付いてくる。今すぐにでもシュウに謝りたい気持ちでいっぱいだ、ただひたすらに申し訳ない。心からそう思うのに、どうしたことかそれでも熱は下がってくれない。
そうだ、シュウのことを考えるからいけないのだ。別の事を考えよう。そう思い当たった白竜は、とりあえず髪の毛を洗うタイミングについて考えることにした。髪を洗った後はもうそろそろ出ると言って適当に部屋に帰ればいい。だがしかし、この状態で立ち上がるには大きなリスクを背負うことになる。いくら暗いからといってシュウは白竜よりも早くここにいたのだ、目が慣れていないはずがない。立ち上がった瞬間に見られてしまったらその時点でアウトだ。それにあのシュウのことだ、俺が出ると言ったらついて来る可能性も十分にある。とすればやはり、のぼせてしまったとしてもシュウが出ていった後に髪を洗いに行くのが一番安全か…。そう決意を固めかけた時だった。

「…うわっ!」
「…!?」

ぼんやりと見えていたシュウの影がバランスを崩したのが見えた。と思えば、そのシュウの影が盛大な水飛沫を上げながらも白竜目掛けて転がってきて、当然白竜もただで済まされるはずもなく、二人揃ってお湯の水面へと頭から叩きつけられてしまったのだ。

「…っ、」

…髪のてっぺんまでびしょ濡れだ。随分と盛大に転んだものだ。恐る恐る目を開くと、足を滑らせてしまったのだろうシュウが白竜の胸元に抱き着くような形になっていて、白竜の手はシュウの腰あたりに置かれているというとんでもない光景を目の当たりにしてしまい、白竜は戦慄した。

「お、おいシュウ、大丈夫か?」
「…ん、大丈夫…ごめんね白竜、暗くて足元見えなくて…って、あれ?」
「?…シュウ、どうし、」
「……!!」

もの凄いスピードでシュウが退いていく。それを見た瞬間、白竜の全身の血の気が引いた。本日二度目だ。気付かれてしまったのだろうと、直感で理解した。白竜は、シュウの表情がみえなくてよかったと心から思った。きっと今ドン引きしているであろうシュウの表情を見たら、ショックで動けなくなってしまうだろうから。

「シュウ、これは違う。違うんだ、話を聞いてくれ」
「……」
「ほら、たまにあるだろ。風呂に入ってるとたっちゃうこととか。あれだから、別にやましいことを考えてたとか、そういう訳じゃなくて。別にお前に変なことをしようとか、そういうことじゃないんだ。な?」

なんて弁明するのが一番いいのだろうか、この数秒間で白竜の脳はかつてない程にフルスピードで回転した。シュウの影は動かない。

「…うん、わかってる。わかってるよ、大丈夫。生理現象だもんね、仕方ないよね」
「あぁ、生理現象だ、仕方ない」

いや仕方ないっていうか、あれこれシュウちゃんとわかってんの?もはや自分が何を言っているのかすら白竜はわからなかった。ばれた、ばれた、ばれた。その三文字がただひたすら白竜の頭の中で回る。明日朝起きて練習に行ったら、みんなの俺を見る目が変わっているかもしれない。監督に「お前はキャプテンにふさわしくない」と言われてしまうかもしれない。こんな性癖のせいで、俺が今まで積み上げてきた全てが、終わってしまう。そう思うと白竜の体は硬直して動けなくなってしまった。

「…」
「…」

沈黙が辛い。だが、白竜には走って逃げ出す余裕すら残っていなかった。シュウが出て行ってくれればいいのに、などと理不尽なことを考えつつ、白竜は自らの体が灰になったかのような気分でいた。

「…ねぇ、白竜」

先に沈黙を破ったのは、シュウの方だった。

「…それさ、辛くない?」
「…辛かったらなんだよ」
「いや、えっと…」

気をつかうような喋り方が逆に白竜の心を傷つけてゆく。シュウは悪い奴ではない、それは白竜もよく知っている。恐らく回りに言い触らしたりはしないだろう。でも、じゃあいっか、と割り切れる問題でもないのだ。白竜の心は沈むところまで沈んだ。もう何を言われても傷つかないだろうという妙な自信すら沸き上がりつつあった。
 ところがその自信は、次のシュウの言葉によって予期せぬ方向に曲がることとなる。


「…僕が、触ってあげようか」


 …は?
思わず素っ頓狂な声が漏れた。触る?何を?

「…シュウお前、意味わかってるのか?」
「わかってるよ」

遠退いていたシュウの気配がまた近くなる。そして間を置かずに、白竜の股間に手が添えられた。予想していなかった刺激に、白竜の体は一度大きく痙攣する。

「…シュウ、ちょっと待て、」
「気持ちいい?」
「気持ちいいとかよくないとかそういうのじゃなくて、…っ、」

この位置からだと月の光のおかげでシュウの表情が少しだけわかる。随分と緊迫した表情だ。それに少しだけ顔も赤い。でも瞳だけが、熱に浮かされつつもきらきらと光っているようだった。

「…キスしたい、白竜」
「…!?」
「変なの、僕、君の触ってたらすごい興奮してきたみたい。胸でも触ってみる?ないけど」

何だこれ、どういう展開だこれは。前に青銅達が回し読みしてたエロ漫画にこういう展開があった気がする。だが漫画は漫画、現実は現実だ。夢でも見ているのだろうか、けれど夢にしてはシュウの肌の滑らかさがやけにリアルだ。だとしたら、これは一体なんなのだろう。

「…目、閉じて」

シュウの初めて聞く甘ったるい声に促されるままに、白竜は目を伏せた。やがて唇に柔らかな感触が触れる。いつか横目で見たあの漫画とは違い舌が入ってくることはなかったものの、それでも角度を変えて何度も落とされる口づけは、白竜の興奮を最高潮まで達させるには十分すぎた。

「っシュウ、もうやめろって…!」
「…僕、今なら白竜の、口でできる気がする」
「は…!?」










120104/続かない

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