帰ろうか
「っう、あ、」
膝を突いたカダージュが、震える足を堪え、刀を構えなおした。しっかり受け止めようとこちらも構え、待つ。
「うおぉぉぉおぉ!!」
獣の唸るような声をあげて走ってくる。ぎゅっと腕に力を込めると、カダージュの体がバランスを崩して倒れ込んだ。思わず出した左手は空を掴む。風にのって、温かな緑色の光の粉がはらはらと舞った。
「カダージュ」
流れる金髪に光の粉をまとわせて、カダージュを両手で抱き込んだアイリスが、そこにいた。一体どこから、と問いかけようとして、無駄に終わることを思い、止めた。
「もう、帰ろう。…みんな、待ってるよ」
瞳を伏せてしまうと、こちらからアイリスの表情はうかがえない。
「う、ん……」
カダージュは苦しそうに、けれどひどく嬉しそうな顔をして頷く。その瞳から伝うのは降り出した雨か、それ以外の何かか。
「もう、がんばらなくていいんだよ…お疲れさま」
「かあ、さん……」
優しい手つきでカダージュの銀髪を撫でてやると、彼はすっかり笑顔になって、天に向かって手を伸ばした。宙にある何かを掴むような手つきで、その何かを掴むと、そこからふわりと体が消えていった。光のように、あっという間に。
「…おかえり、セフィロス。カダージュ」
降り出した雨の心地よさに目を閉じたが、すぐに開いてアイリスをじっと見つめる。
「アイリス」
決まりが悪そうに振り返ったアイリスの目にセフィロスとカダージュの陰を見て、すぐに頭を振り払う。あいつらは、もういない。あいつらだけじゃなく、懐かしい人々はそのほとんどが俺の側にいない。
「アンタは…アイリスは、セフィロスたちとはどう違、」
吠えるような、銃声。
体が、燃えるように熱い。
「くっ…!」
眉を寄せて振り返る。大剣の切っ先を引きずりながら見れば、弱り切ったヤズーとロッズがいた。ヤズーが構えていた銃を下ろし、それは手から滑り落ちた。
「ク、ラウド」
カダージュを抱きしめた体勢のままだったアイリスが不安げな声をする。その声に後ろ髪を引かれる思いではあったが、カダージュも消えた今、あの二人も星に還してやらなければならない。
「待ってろ、アイリス」
もう一度話を聞かせてくれ。その時には、きっとアンタに言える気がする言葉があるんだ。
「だめっ…」
「一緒に、還ろう……」
「みんなで、遊ぼう……」
ふらりと揺れながらも二人は腕を上げる。マテリアを使っているのか、色とりどりな光が溢れている。
「う、おぉぉぉ!!」
「っクラウド!!」
振り下ろした大剣と、放たれた力が衝突して激しい爆発を起こした。蓄積されたダメージで霞む視界の中、アイリスの泣きそうな顔が見えた。
目が開かない。どこか広く、静かで温かな場所にいることはわかる。
「――かあ、さん…?」
ふわりと額に乗せられた手の持ち主に向かって呟くと、不満げな声がした。
「また。何回目かな、母さん、て呼ばれるの」
「いいじゃない、慕われてて」
男の、懐かしい声がする。
「こんな大きな子、いりません」
「残念」
笑いを堪えるような声の主を知っているような気がした。けれどどうやっても瞼を持ち上げることはできない。
「…母さんは、私じゃない、よ」
寂しげな言葉を残して、温かな世界が急速に遠ざかっていく。
うっすらと開いた瞳が映した人影は、金髪をなびかせて優しく微笑んでいた。…誰にも、似ていない。彼女の、アイリスただ一人の、柔らかな笑顔が網膜に焼き付いた。
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