所詮は紛い物
デンゼルは無理だったが、なんとかマリンを無事に取り返すことができた。俺自身、ヴィンセントが居合わせなければどうなっていたがわからないが、結果オーライだ。
ヴィンセントに諭され、ティファにも逃げるなと言われたことを思い出した。俺は、弱いから、怖いから、逃げ出してしまうんだ。けれどそのせいで大切なものを手放すようなことはしたくない。覚悟を決めてマリンの手を握った。ミッドガルへ帰ろう。そして、アイリスの話を聞いてやらなければ。
「マリン、ここで留守番できるな?」
「うん」
ミッドガルに戻ってくると、おそらくはカダージュが召喚したのだろうバハムートが、中央広場の上空を旋回していた。まずはマリンをセブンスヘブンに預けて、と思ったが、やはりティファは不在だった。
「アイリス」
マリンが不思議そうに見つめているアイリスは、呼びかけるとふっと視線を合わせる。瞳が揺れた。
「行こう」
マリンを任せたいと思うが、彼女の話も気にかかっている。デンゼルがいたら、無事にここまで送り届けてほしい意味合いもある。
「…うん」
手を伸ばすと、その手をとった。フェンリルの後ろに乗せると、恐々と俺の腰に腕を回した。エンジンを噴かせてスピードを上げる。アイリスの触れているところは心地良い温かさで、例えるなら、母親の胎内にいるような安心感があった。
「あのね、クラウド」
広場まではそうかからない。アイリスがそれを知っているとは思えないが、このタイミングで話されても尻切れになってしまうのではないだろうか。
「…今でなきゃ、駄目なのか」
「うん。今じゃなきゃ駄目」
確認のために尋ねてみれば、きっぱりと返ってきた。元から話は聞くつもりだったのだし、それならば今、聞いてやろう。
「わたしは、謝らなくちゃいけない」
首を回そうとしたが、先の幻を思い出したので、止めた。
「何をだ?」
逃げ惑う人々の中を逆流する。
「わたし、黙ってた」
バハムートが高くそびえるビルを壊しながら、飛び回っている。あそこにはきっと、仲間たちがいるのだろう。…ティファとデンゼルは無事だろうか。
「アイリスって、本当の名前じゃないの」
「…誰だって、言いたくないことくらいある」
そうじゃないの、とアイリスが首を振った。視界の端を金糸が揺れる。
「名前、ないの」
「……ない?」
少しだけスピードを落とす。
「名前だけじゃなくて、」
ぞくり、と悪寒が背中を駆け抜けた。今まで伝わっていた体温が急激に冷えたようで、左腕も突然痛みを訴え始める。
「――わたし、人間じゃ、ない」
あの時、カダージュが、セフィロスが見せた、射抜くような視線を背中に感じる。
「人間じゃないって…」
早く、一刻も早く行かなければと思うのに、人気がない通りでフェンリルを停止させる。下りはしないし、振り返りもしないけれど。
「アンタ、一体……」
アイリスが俺から離れるのがわかった。ぎしりと鳴った座席が、アイリスはそこから下りたのだと教えてくれる。
「…カダージュみたいなものか?」
ヴィンセントが言っていた、セフィロスの思念体という言葉。つまり、体はあるけれど、実体ではないということなのだろうか。
「カダージュ…ううん。あの子たちとは、少し違うよ。…すごく、近いけどね」
そういえば、身体に施したペイントは、どことなく不自然なものだった。よく揺れる瞳も、何かを惹きつけるように感じていた。
「なんて言ったらいいのかな。……星の、いのち?」
「!!」
「クラウドたちがなんて呼んでるかはわからないけれど、そんなもの、なの」
ニンゲンじゃないんだよ、というアイリスの言葉が木霊する。
星のいのち――いわゆる、ライフストリームというもののことだろうか。メテオから星を守るために、世界各地から湧き出たすべての源。それは確か、淡いグリーンをしていた気がする。
「黙ってて、ごめん」
「…何で、そんなことを」
今、俺に伝えたんだ。
正直、混乱している。人間じゃない、だと。ライフストリームで形成された生命だと、そう言ったのか。それを俺に告げて、何が起こるというんだ。
「もう、時間がないから。…あの子たちを連れて、帰らなくちゃ、」
「え、?」
振り返る。そこには誰の人影もなく、がらんとした路地があるだけだった。最後に聞こえた言葉が耳に残っている。
――わたしたちは、偽物だから。
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