桜前線、君を待つ。 | ナノ



第 十 四 話




兄上と驚きのあまり言葉もなく立ち尽くしていると、姉上が玉鼎を招き入れる。
「何、久しぶりにゆっくり話したいと思うてな」
ああ、と特段慌てたようすもなく、私を見る。
「妃琉、すまぬが夕食を用意してやってくれぬか?」
「あ、はい。少々おまちください」
まだハンバーグを作っている途中であったことを思い出し、言われてキッチンへとって返す。一人分余りそうだと思っていたけれど、玉鼎の分としてちょうどよくなくなりそうだ。
今から焼くと少し待たせてしまうが、訪問が急なので許してもらおう。前もってわかっていたら、もっと手の込んだものを用意できたのに。
「兄上、お皿をひとつお願いしてもよろしいでしょうか」
洗い物を片付けながら声をかけると、間が空いてから不機嫌な返事が返ってきた。玉鼎を好きでないと言っていたから、不機嫌になるのも仕方ないことだけれど。
「これでいいか」
「あ、ありがとうございます」
お皿を受け取って、付け合わせの野菜や炊き上がった白米を盛り合わせてワンプレートにする。
焼けたものからお皿に乗せて、一番よく焼けたのを玉鼎の前へ置いた。あとはいつものように適当におき、冷蔵庫から水と麦茶の瓶を持ってくる。
「玉鼎さん、お水と麦茶はどちらがよろしいですか?」
製氷皿に水を入れておかなかったことを反省しながら、ガラスコップの下にコースターを敷く。
「水で頼む」
「わかりました」
姉上には水を、私と兄上は麦茶を注いでやっと席に着く。いつも正面に姉上、その隣に兄上の席なのだけれど、今日は話しやすいようになのか、姉上の正面には玉鼎がおり、私はその隣で兄上の正面に座っていた。
「いただきます」
きちんと手を合わせて玉鼎が食べ始めた。どきどきしながらじっとその横顔を見つめる。
「……旨い」
いきなりハンバーグに手を伸ばしたものの、すぐに野菜にも箸を伸ばして食べる。
口に合わない味にならなくてよかった、と安堵する。何分、いつものように作ったので隠し味も何もないからだ。
「妃琉の食事は旨いであろう?幼少より妾の手伝いをしてくれて覚えたのだ」
今ではすっかり我が家の調理師だな、と姉上が笑った。手放しで誉められ、素直に嬉しく感じる。
「たいしたものではありませんが、ゆっくり召し上がってください」
自分の皿に手を着けて食べ始めると、兄上は黙々と、姉上は話題をいくつかふりながら食べる。
「して玉鼎、店におったあの青年は何者じゃ?」
「楊ゼンのこと、ですか」
ふっと顔を上げた玉鼎の横顔が寂しげで、姉上は興味深く見つめている。
「妃琉からは大学の同期と聞いておったがの」
その質問が玉鼎を、ひいては楊ゼンを苦しめるとわかるはずなのに、姉上は問う。私自身は楊ゼンからいつかきこうと思っていた。この場で、それも玉鼎から聞いてしまうのは狡い、とも。
「…本人の口からでなくば、言えません。仕事を探しているというから雇い、現によく働いてくれている。本人の事情に他人が触れることは避けてはくれませんか」
「左様であったか」
姉上は特に落胆したようすもなく、むしろ安心したように笑っていた。
「玉鼎」
と、流れを断ち切るように食事を終えた兄上が玉鼎に呼びかける。突然のことながら緊張が張る。
「貴様はいま、何をしている?」
「何って…兄上、玉鼎さんはお店をしておられますが」
意味深な質問に思わず返すと、兄上は首を横に振った。兄上の言わんとしていることがよくわからず、隣の玉鼎をうかがった。真剣な目をして兄上を見据えている。
「店を開き、人を拾い、久方ぶりに会えばこれだ。何を考え、何をせんとする」
「……燃燈、お前もな」
二人の間に、先日以上に冷ややかな火花が散る。
「俺はただ、生きていくだけだ」
そっと目を伏せると、そう言いながら玉鼎が立ち上がる。つられて兄上も立ち上がり、玄関へ向かおうとする玉鼎の背中へ声をかける。
「玉鼎!昔のようなことがあれば、容赦はせん!」
玉鼎は僅かに振り向いただけで、黙って玄関に行ってしまった。
まるで何の話をしていたのかわからなかったけれど、最後に見た玉鼎の視線は、確かに姉上を捉えていた。


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