桜前線、君を待つ。 | ナノ



第 十 三 話




「こんにちはー」
いつものように声をかけると、ぱたぱたとした足音とともに人影が下りてきた。
「やあ、妃琉」
「楊ゼンくんでしたか。こんにちは」
お下がりなのか、彼には少し大きいように思うよれた白衣を羽織っている。いつもはきちんと手入れされている髪も、今日は櫛すら通していないように見えた。
「こんな格好でごめんね」
「いえ。…お忙しいですか?」
「うーん、割とね」
ちらりと上を見上げて、「呼ぶ?」と聞いてきた。誰のことかはもうわかるけれど、忙しいのなら別の花屋に行こう。
「いいです。また今度来ますね」
申し訳なさそうな楊ゼンに軽く手を振って、歩き出した。





近くの花屋に行くとなると、必然的に顔を出すところがある。今日は仕事をしているだろうかと思いながら、太乙工房の看板をくぐった。
いつもより片付いている工房に驚き、実はあったらしいソファにぐたっと横になる太乙、の隣に、バイトのナタクが立っていた。
「あの……」
「む?」
恐る恐る声をかけると、ナタクが振り返る。爆睡しているらしい太乙を一瞥すると、腰に巻いていた作業用エプロンを放り投げてこちらへやってきた。
「何か用か?」
しばらく見ないうちに大きくなって、また私は見上げなければと思っていると、むにっと両頬を摘まれた。
「はひっ。にゃにしゅるんでしか」
回らない呂律で抗議すると、ナタクは手を離す。
「話を聞いているのかと思っただけだ」
「聞いてますよ。…特に用というわけではないんですが、近くに来たので」
買ったばかりの花束の包み紙を見て、近くの花屋を思い浮かべて納得したのかひとつ頷いた。
「起こすか?」
指を差された太乙は、納期明けだったのか顔色が優れない。用事もないのに寝入っているところを起こすのは忍びないと提案を断る。
「太乙さんによろしくお願いします。あ、身体はお大事になさってくださいね、ナタクさんも」
「ああ」
ひらひらと手を振って工房を後にした。





最近、出歩くことが多かったからなのか、四時前に帰宅したことを早いと感じた。今までは昼過ぎに帰るのが普通だったのだから、これならば確かに兄上も心配することだろう。
「姉上、いらっしゃいますか?ただいま帰りました」
呼びかけてみたが返事はない。不審に思いながらリビングへ行くと、テーブルの上に書き置きが残されていた。
用事があるから出かけてくる、という内容だった。姉上はメールが嫌いだからなと苦笑いする。
「では仕方ないですね。…少し早いですけれど、夕餉の支度でもしましょうか」
今日は兄上の帰宅が早いはずだから、久しぶりにハンバーグを焼いてみよう。付け合わせになる野菜があるだろうかと冷蔵庫を開けた。





生地をこねて、ぺたぺたと形を整えていると兄上が帰宅した。七時前に帰ってくることは本当に珍しいので、すごく嬉しいことだ。
この間のこともあるからあまり話はしないけれど、食器を出してくれたり手伝ってくれるところが優しくて好きだと思う。
「妃琉、姉さんは?」
「場所はわからないのですけれど、お出かけのようです。夕食までは戻られると思うのですか…」
やはり六時半をまわっても連絡がないことに不安を覚え、顔を見合わせる。
「ただいま。すまない、時間がかかってしまってな…」
鍵の回される音のあとに、姉上の上機嫌な声が聞こえてきた。肉をまな板にのせて、兄上と一緒に玄関まで出迎えに行く。
玄関で立ち尽くす兄上に続いて、――完全に動きが止まった。
「な、なんで……?」
脱いだパンプスを脇に寄せる姉上に、私たちは言葉もでない。
なぜなら、そこにいたのは紛れもなく
「なぜ貴様がここにいる、玉鼎!!」
私服姿の、花屋さんだったのだから。


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