桜前線、君を待つ。 | ナノ



第 十 二 話




「あれ?」
「うお!」
玉鼎の花屋へ、いつものように買い出しに出かけると、久しぶりに見かける人物がいた。
「天化くん、どうしてここに?」
「ていうか、本物の妃琉なんさ?」
互いに思わず指を差し合って確認したのは、大学の同級生であった黄天化だった。子供のころについたという、鼻を一文字に横切る傷跡も健在だ。
「お久しぶりです。…あ、ありがとうございます」
天化にぺこりと挨拶をしていると、楊ゼンに中にはいるよう勧められる。二人は奥のリビングで話すようだ。一緒にどうかと誘われて、少しばかり失礼させてもらうことにした。
「卒業以来ですね」
記憶を手繰り寄せると、確かにそうなる。雰囲気が以前より少し落ち着いたようだけれど、人懐っこい笑顔は昔のままで安心した。
「そうさね。妃琉は、よく楊ゼンと会うんさ?」
「最近になってから、ですよね」
「そうだね。ここ何ヶ月かでだよ」
大学のときはよく一緒につるんだものだ。ご飯を食べに行ったり、水族館に出掛けたりもした。三人の中でちゃんと将来が決まっていたのは天化だけだった。確か、家業の中華料理店を手伝うと言っていた気がする。
「天祥くんやみなさんはお元気ですか?」
「お陰様で。そっちのお姉さんとお兄さんは?」
「こちらも息災ですよ」
笑顔で返してから、ふと本題が気にかかった。
「それで、天化くんはどうしてここに?」
ここは楊ゼンの現住所である以前に、花屋だ。奥に通されているとはいえ、この二人が話すためだけに会うとも思えない。何か用事があってきたのだろう。初めてここを訪れたときの私と同じように。
「ああ、親父に頼まれたんさ。母ちゃんに花束選んでこいって」
「二人は今度で銀婚式らしいんだ」
よく炒飯を振る舞ってくれた豪気な飛虎さんと、いつも穏やかに笑う賈氏さんを思い浮かべた。
「親父は恥ずかしいってんで、楊ゼンとこで見繕ってもらおうと思ったんさ」
そう言われて、ようやく腑に落ちた。知り合いの花屋ならば頼みやすいだろう。
「今、師匠が選んでくれてるんですよ」
「玉鼎さんが?楊ゼンくんじゃなくて」
きょとんと目を瞬くと、楊ゼンが苦笑した。先ほど表から入ったけれど、玉鼎はいなかったように思う。
「僕はどちらかといえば、漢方を担当しているから」
「なるほど」
確かに、楊ゼンが花をいじっている姿は見たことがない。
「というか、俺っちばっかじゃなくて妃琉も用事があるんじゃないさ?」
急に話題を降られて思い出す。私も、花を買いに来たのだった。
「あ、そうでした。またお花を買いに――」
「できたぞ。予算ではこれぐらいが……妃琉?来ていたのか」
勧められていた席を立ち上がると、後ろから玉鼎の声がした。振り返ると、薄いブルーに赤い花をアレンジした綺麗な花束を抱えている玉鼎がいた。
「あ、お邪魔しています」
「ああ」と頷いてから、玉鼎は天化に花束を差し出した。
「ちょっと待ってください」
受け取ろうとした天化を、ふと思いついて呼び止める。花束を玉鼎に押し返し、一緒に千円札を渡す。
「すみません。これ、私の分も払うので追加してもらえませんか?」
「妃琉、いいんさ!?」
玉鼎も天化も、驚いたように目を開いている。
「はい。お二人にはお世話になりましたから」
「……わかった。もう少し待っていろ」
頷くと、天化を横目でみて、玉鼎は表の方に行ってしまった。
「相変わらず、妃琉はお人好しだね」
楊ゼンがくすりと笑うと、天化も大きく首を縦にふって同意する。そして思い立ったようにこちらを向いた。
「ところで妃琉って、もしかして玉鼎さんのこと――」
「できたぞ」
「うわあ!?」
天化の言葉の続きを待っていると、早くも玉鼎が戻ってきた。圧倒的に量の増えた花束を抱えて。
「妃琉、釣りだ」
「え?」
ピンと弾かれたそれをキャッチすると、きれいな五百円玉だった。天化は豪勢な花束を受け取ってしげしげと眺めている。
「でも、これ、五百円じゃ…」
値段と花が釣り合わないと抗議しかけると、そっと人差し指を唇にあてて小さく笑った。
「サービスだ」
その仕草が悩殺寸前だったことは言うまでもない。


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