テーブルに置かれたグラスの中の氷がからん、と優雅に揺れる。時刻は既に二時過ぎ。自室で延々と行っていた調べ物が長丁場を乗り切りジョナサンは安堵の溜め息をついた。
窓から見えるのは燦々と輝く太陽。今頃幼い義弟は何をしているのだろうか。
本来ならば彼に誘われて川へ行く予定だったのに、学校の課題が急に増えてしまいそれどころでは無くなってしまったのだ。その予想外の事態さえ無ければ今ごろ二人で川の畔を仲良く歩いていた筈、だったのに。


(ディオの事、一人にさせちゃったな)


始まりは一年前の事。身寄りを無くした少年、ディオ・ブランドーはジョースター家の養子としてやって来た。
ジョナサンは九つ離れた新しい義兄弟に胸を弾ませたが、年不相応な冷たさを持つディオとどう接すれば良いのか分からずにいた。
表向きは良い子を演じるが大人嫌いで他人を信じない幼子。それがディオに対する第一印象。
だが、ジョナサンはディオと仲良くなりたい、と強く願っていた。どんな小さな事でも声を掛けたり、義弟の言葉には耳を傾け、同じ時間を何度も過ごす。
この世界でただ一人の弟、ディオ。彼と本当の兄弟になる為に少しずつ距離を近付けられる様精一杯努力していたが、悲しい事にやる事なす事全て裏目に出てしまっていた。

始めはうっとおしい、と突き放された。
次はあっちにいけ、と怒られてしまった。
終いにはおまえなんかきらいだ、とまで言われた。


(……そんな事もあったなぁ)


嫌い。重過ぎるその発言を受けてジョナサンはディオの前で少しだけ涙ぐんでしまったのを覚えている。
第三者から見れば、ただ兄が弟に構い過ぎただけだ、と言うかもしれない。確かに今振り返れると、あれは兄弟喧嘩の延長の様な物。だが、その時のジョナサンはそこまで考えが回らなかった。年上が泣くなんて情けない、自分には無理だったのだと頭の何処か冷静な片隅が告げる。
しかし、ディオも逆に気が気では無かった。どんな時もにこにこしてしつこいくらいに構ってくる癖に、たかがこんな台詞に世界が終わった様な顔をする義兄。
大人も頭が悪い奴も嫌いだった。でも少しだけ。ほんの少しだけ、彼に興味が湧いた。


『なにないているんだ まぬけ』


気付いたら藍玉は下から翠玉を覗き込んでいた。

それから二人の兄弟仲は急接近したと言っても過言では無い。と、言うよりジョナサンの過保護っぷりが加速し、ディオがジョナサンに対して少々素直になった、のかもしれない。
より一層行動を共にするようになり、人気の無い所ならば手を繋ぎ、父には内緒の話や思い出を作るようにまでなっていた。さらにある夜は、ディオがジョナサンの部屋を訪ねた事さえあった。
せっかく縮まった距離が、今回の一件でまた開いた様に思えた。


(やっぱりディオ怒ってるよなぁ。指切りしたのに約束守れなかったし……)


課題が増えたとは言え、うまく段取りを付ければもう少し早く調べ物も終わったかもしれない。
心を自分に開き始めている義弟を遠ざけるような事をしてしまい、ジョナサンは心から後悔をしていた。例え許して貰えなくても彼に謝らなくては。そうジョナサンが決心して椅子から立ち上がろうとした瞬間、


──とんとんっ、


「っ! は、はいっ!」


不意のノック音に思わず肩が跳ねる。
このタイミングで訪ねる相手なんて一人しか該当しない。きっと、彼だ。
どうぞ、とジョナサンが部屋の中へ促す前に扉が荒々しく開かれる。


「やっ……やあ ディオ」
「ジョジョ」


現れたのは小さな金色。不機嫌さを隠さずに座っている椅子にまでずかずかと近付き、至近距離で睨み付けてくるディオにジョナサンは一瞬たじろいでしまう。
あれはどう見ても、怒っている。
そう確信したジョナサンは、謝罪を告げようと口を開く。


「ディオ、その今日は」
「じぶんよりおおきいおとこをかんきんするにはどうすればいいんだ。おしえろ」
「………………え、えっ?」


突然の過激なディオの発言にジョナサンの頭は真っ白になった。
監禁? 誰を? 何故? いや、そもそも何故幼いディオがそんな物騒な単語を知っているのか?
彼の反応は産まれてまだ七年程の義弟が悪の道に片足を突っ込もうとしているのだから至極真っ当だ。
口をあんぐりさせながら爆弾発言をした小さな金色に視線を向けるが、当の本人は何処吹く風。寧ろさっさと答えを教えろ、と無言の威圧が迫ってくる始末。


「わからないのか?」
「そうじゃあなくて監禁なんてやっては駄目だ!」


どの角度からどう見ても模範的な素晴らしい大人の回答である。だが、金色の子供はむう、と頬を膨らませたまま依然納得していないようだった。
何処で義弟がそんな単語を知ったのかは分からないが、ジョナサンは出来るだけ子供にも分かりやすく易しい言葉を使って彼を宥め始める。


「いいかい、ディオ。誰かを監禁して閉じ込めるのはいけない事なんだ」
「おれはそうおもわない」


一刀両断、快刀乱麻を断つ。此処まで清々しくキッパリ返されるとは誰が考えただろうか。
考える事を一瞬放棄していた頭を無理矢理フル回転させてディオを説得させる術を思案する。何か、何か彼の心に響く方法は無いのか。


「……うーん、じゃあ例えばぼくが誰かに捕まって監禁されたとしたらディオはどう思う?」


ジョナサンが考え付いたのは身近な人物を用いて諭す方法。この方法なら小さな子供にやってはいけない事や悪い事が簡単にイメージ出来て分かりやすいと思ったのだろう。
体格の良い義兄ジョナサンが誰かに連れ去られて監禁される、と言うのは若干有り得ないシチュエーションだが、ディオ少年には直ぐに想像出来たのか真ん丸の藍玉を見開く。


「それはだめだ!」
「だろう? 突然誰かが居なくなったりしたら、」
「そいつをはったおして、おれがジョジョをかんきんしてやる!」
「……………………えっと、もしかしてディオがさっき言っていた監禁したい相手ってぼく、なのかい?」
「いまごろきづいたのか? あたりまえだろう」


腕を組み誇らしげな表情で高らかに監禁宣言をする可愛い義弟にジョナサンの思考回路は過負荷からばちばちと火花を散らし始める。
どうやっても、ディオは、ジョナサンを、監禁したい。らしい。しかし、義弟が真っ当な道から外れるのを黙って見過ごす事は出来ない。大切なのはなんでも直ぐに否定するのでは無く、相手の気持ちや考えを理解する事。
一つ深呼吸をしてジョナサンはディオに優しく問い掛けた。


「ねぇ ディオ。どうしてきみはぼくを閉じ込めたいんだい?」
「? そうすればジョジョはどこにもいかないし、やくそくをやぶったりしないじゃあないか」
「約、束……」


その言葉にジョナサンは大きな衝撃と胸が強く痛んだのを感じた。本来なら叶う筈だった今日の約束。それを破ってしまった事がディオをこんなに追い詰めていたなんてジョナサンには思いもしなかった。だが、だからこそディオはジョナサンを縛り付ける事に拘っていたのだ。ディオが歪んだ考えになってしまった原因は自分。純粋なディオの気持ちが痛い程心に突き刺さった。
一気に込み上げてくる感情を抑えられず、気付けばジョナサンは椅子から立ち上がって屈む様にディオを抱き締めていた。急に義兄に抱き付かれてディオは藍玉を見開き彼から離れようと試みるが、残念ながら体格ならあちらの方が有利。
自身がまだ幼い事を呪いながら仕方無しに大人しくしていると、彼が声を押し殺している事に気付いてしまった。


「なにないているんだ まぬけ」


あの時と同じ台詞。
あの時と同じ泣き顔。
あの時と少しだけ違う気持ち。


「……泣いてないよ」
「ばればれのうそをつくなんてみっともないぞ」


罪の意識に苛まれるジョナサンをあやす様にぽんぽんと頭を撫でてやると、抱き締めてくる力が少しだけ強くなった。


「べつにおれはおこってない」
「でもぼくは、」
「いいことをかんがえついたからおこってない」


ディオとしては義兄を責めたかったわけでは無い。ただ、彼の時間を自分の物にしたいだけ。寧ろ、この事が切っ掛けで逆に監禁と言う名の『いいこと』を思い付いたくらいである。
しかし、言葉の意味を咀嚼しきれなかったジョナサンは義弟の顔を覗いた。うっすらと翠玉を濡らしながら見詰めてくる義兄に何故かディオは自身の頬が染まるのを見られぬ様、勢い良くジョナサンを引き剥がした。


「ディ」
「とにかく! おおきくなったらぜったいおれはジョジョをかんきんするからな! おぼえておけよ!」
「えっ、そ、それは困るよ!」


待ってくれ、と背後でジョナサンが声を掛けているのを気にも止めず、ディオは物騒な発言を置き土産に慌てて部屋を飛び出した。
肝心の監禁方法を聞きそびれてのは少々痛かったが、実行に移るのはもう少し先の話。それまでに子供と言う非常に脆い不便な立場から抜ける必要がある。
まず、早寝早起きして食事はしっかりと残さず食べ、毎日牛乳を飲む。歳の差なんて些細な問題だ。
ずっとずっと二人で過ごせる、甘美で魅力的な計画。それを実行する為にも早く大人の男にならなくては。

(おれならできる。ぜったいにジョジョをひとりじめしてみせる)


近い未来に胸を弾ませながら、少年は夢への第一歩を力強く踏み締めた。



【終劇】




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ほのぼの監禁宣言



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