だから恨んではないのだと



『男として生まれたかった』と思ったことは無い。
…と言えば、それはきっとウソになるのだろう。
男女の差なんてちっぽけなモノだと思っていたし、今だって思っているが、やっぱり現実は違うらしい。
どんなに走り込んでもどんなに投げ込んでも、男子の力には到底敵いっこない。
恐らく今こんなに運動していても、数年後にはガクンと体力は落ちてしまうのだろう。
どんなに頑張っても、だ。
小学生の頃は男子と大差なかったのになぁ…なんて思わずにはいられないのも、また現実。




「春乃ー!こっちはドリンクの準備できたぞ!」
「え、もう!?栄純早いよ〜っ!私もう少しかかるから、先に一軍の人の分だけ持って行ってくれる?」
「りょー、かいっ!…っと!」


結構な重さの部活用ドリンクボトルを二つ、よいしょと両腕で持ち上げて運べば、後ろから「栄純スゴい…」という春乃の声が聞こえた。
ずきん。その言葉にほんのちょっと引っ掛かりを覚える。
スゴい、とは女子なのにドリンクボトルを二ついっぺんに運んでいることに対してだろう。
実際俺以外のマネージャーは重くて一人一つが精一杯だから。
でもそれはあくまで比較対象が女子なだけであって、男子だったらこんなの普通なのに。



「みなさーん!ドリンク入りやしたー!」


ドサリ、と少々派手な音を立てて地面に下ろす。
休憩時間に入るのを見計らって声をかければ、途端自分を中心に皆が集まって来た。


「いつもすまないな、沢村」
「いえいえ。はいリーダー、どうぞ!春っちも!」
「ありがとう栄純君」
「どーいたしまして。……あっ、おい降谷!お前も飲んどけ!倒れる前に!」
「別に倒れたりしないから……でも、もらっとく」
「降谷いーなー。ね、俺にも注いでよ沢村」
「御幸は自分でやれ」
「知ってる?俺先輩」
「ヒャッハー!お前これ一人で二つも運んだのかよ?大した馬鹿力じゃねーの」
「何言ってんですか!こんなのフツーですよ、フツー!」
「頼もしいぞ沢村ちゃん」
「とーぜんっスよ!」


別にマネージャーが楽しくないってワケじゃない。
(むしろ皆の支えになれるマネージャーの仕事は好きだ)


けど、やっぱり皆との差を感じずにはいられなくて。
あー、ちくしょう、やっぱ悔しい。













「…あーあ、こうなったら高野連にでも訴えてやろうかなぁ…」
「女子の出場を認めろー!…って?」
「うぉぉうっ!!?……み、御幸っ!?」
「はっはっは、色気のねぇ悲鳴だこと」
「るせっ!アンタ何しに来たんだよ!」
「んー?夜遅くまでご苦労さんってカンジ?」
「…意味わかんねー…」


就寝までの自由時間、いつものようにグラウンドを走った後、自販機側のベンチで涼んでいたらいつの間にか御幸が隣に座ってた。
物音どころか気配さえなく人の隣を陣取るとか、一体何者だよコイツ。


「ほらよ」
「ん?…ぎゃっ冷たっ」
「そりゃポカリが温かかったらマズイだろ。あ、それ奢りな」
「………あざーっす」
「その間は何だよ、その間は。ったく、もうちょい感謝してくれても良いんじゃない?」


俺先輩、と笑う御幸にちょっとムッとして奢ってもらったポカリをがぶ飲み。
ぷはっ、と飲み終わって「ごちそうさま」と言えば満足そうに笑われた。
慈しみさえ窺える笑顔にちょっとドキリとして咄嗟に視線をずらせば、隣からククッ…と忍び笑いが聞こえた。
ひとしきり笑ったかと思えば、少し間を置いた後、小さなため息が御幸から漏れる。



「…何だよ、アンタがため息とか」
「んー?いや、ちょっとね。……なぁ、沢村」
「はい?」
「やっぱ甲子園、出たかったか?」


ドキリ。不意に核心を突かれた。
思わず隣を振り返れば、そこにはいつもの飄々とした笑みはなく、代わりにひたすらこちらを見つめる真剣な眼差しがあった。
眼鏡越の視線はさながら試合中の時のそれだ。
…なんて顔するんだ、コイツは。


「そりゃあ、まあ…女子は今のところ出場できねぇもん」
「そっか」
「…何で?」
「いや、『栄純を甲子園に連れてって!』ぐらい言ってくれるかなーって」
「ぶはっ!バッカじゃねーの!?第一他人任せなんてキライだ!」
「うん。だろうね。じゃなきゃこんなに頑張れねーよな」


そう言ってゴシ、と土の着いた俺の頬を御幸が優しく拭った。
予想外の返しに目を見張る。


「どうした?」
「いや…てっきり無駄なアガキだ、って笑われるもんだと思ってたから…」
「笑わねーよ。…笑えるかよ」


こんなに頑張ってんだから、と小声で呟かれてちょっと泣きたくなった。
ああ、なんだかんだ言いながらちゃんと見てくれてんだなって。認めてくれてんだなって。
目頭が熱くなるのを抑えようと手にしているペットボトルをぎゅっと握れば、耐えきれず水滴がポタリとコンクリートに染みを作った。



ひとつ、ふたつ、みっつ。



「なあ、御幸」
「うん?」
「俺さ…確かに甲子園行きたかったし、皆と正式に野球したかったけど…」
「うん」
「恨んでは、ないよ」



女として生まれたこと。



「………」
「うん。恨んでない」


ちょっとだけ笑ってみせれば、酷く物言いたげな…どこか、この人にしては珍しく泣き出しそうな、そんな表情とぶつかった。
それに首を傾げながらペットボトルをベンチに置く。
あ、ラベルぐしゃぐしゃ。





「……理由…」
「ん?」
「理由、聞いてもいいか?」
「そりゃ正式にマウンドに立てないのは悔しいけど、だからって野球が出来ないワケじゃない。皆俺が野球したいって言ったら付き合ってくれるだろ?」
「そりゃあ、ね」
「皆とやる野球が楽しいから、俺は野球をするんだ。そこに男だとか女だとか関係ねーもん」
「………」
「甲子園もさ、俺が行けないなら皆に行ってもらうよ。
んでもって俺は皆が甲子園行けるように、どんな裏方でも喜んでやってやる。
『俺を甲子園に連れてって』って言うぐらいなら、いっそ俺が甲子園に連れてってやる!」


だから、恨んじゃいないんだ。
そう言って御幸のようにニカッと笑ってやれば、いつものポーカーフェイスはどこへやら。
珍しくポカンとした顔をしていた。
しばらくして、ははっ…と困ったような呆れたような声。


「んだよー」
「いやいや…全く、大したヤツだよお前。俺らを甲子園に連れてくとか。もー、お前そこらへんのヤツより男前すぎ」
「わはは!どうだ、ホレるだろー?」
「何言ってんだ。もう十分ホレてるって」
「ばっ……!!?あーだーもー…ほんとーにアンタって恥ずかしいヤツ!!」


照れ隠しで勢いよく立ち上がれば、ギシ、とベンチが軋んだ。
そのままスタスタと歩き出してすぐ「アクエリは?」と言われて慌てて戻る。
アクエリを取ろうと手を伸ばして、ふと足元に視線が落ちた。



ひとつ、ふたつ、みっつ、…よっつ。



あれ?と思っていると、そっと御幸の長い指が頬に触れた。








―――ああ、そうか。

コンクリートの上の染みが一つ増えていたのは、きっと。







(だから恨んではないのだと)






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