時間なんてなくなってしまえ!



「…ええ、はい。全部で10人っス。…じゃあ倉持先輩、よろしくお願いしやす」


パタンと片手で携帯を閉じズボンのポケットにしまう。
先程から持ちっぱなしだった6発式リボルバーの弾倉を開き、足りない分の弾を補充してからこちらは懐にしまった。

古びた埃臭いコンクリの廃墟をぐるりと見渡せば、その中央、御幸が我がもの面でソファに腰をおろしている。
ほんの数分までその場所にどっかりと座っていたであろう敵のボスは、ソファのすぐそばに転がっていて。
なんだか妙すぎる光景だが、転がっている男よりも御幸の方が革貼りのソファによく映えているのは事実だ。
長い脚を持て余すように優雅に組み換える御幸に、わざと足音を立てて近付く。


「…なにしてんだアンタ…」
「あ、電話終わった?」
「10分後に倉持先輩来るって。今回は片付ける数が多いから哲さんたちも応援で来るみたい。一応待たずに帰っていいって言われたけど、」
「んじゃお言葉に甘えて帰ろうか」
「…せめて、どうする?って聞かれてから答えろよなアンタ…」
「えー」


ケラケラと笑う御幸を半ば呆れ顔で見下ろせば、「沢村こわーい」と言われたので「御幸キモーイ」と返してやる。

仕事は終われば即退散。
敵の仲間にかぎつけられないためにも現場には長居しないに限ることぐらい、バカな俺でも知っている。
知っているが少しくらい倉持先輩たちの手伝いをしたり久々に顔を合わせたりしてもいいんじゃね?とも思うが、俺が帰るのを許可するまでダダっ子の様にふてくされてソファから動かないのは明白だったので仕方なく承諾することにする。

(正直そうなった御幸はかなり面倒だし)


「…分かったよ。倉持先輩に先に帰りますってメール入れとくから」
「よっしゃ!」
「…なに、よっしゃ!って?」
「え?ようやく帰って栄純とイチャコラ出来るのよっしゃ!だけど?」
「ばっ…!?」
「あらら、栄純てば顔真っ赤にしちゃってー可愛いねぇ」
「死ね眼鏡」
「うーん……俺を殺してお前も死んでくれるなら、考えてもいいかな?」


サラッと不穏なことを言ってのける御幸に、ぐっと言葉が詰まった。
口調は軽く冗談じみてるに眼鏡越しの瞳はどこまでも真剣で。
俺がこの目が苦手なことを知ってて視線を投げ掛けかける御幸から、フイと顔ごと反らす。


「ふざけんなバカ。アンタと心中なんてぜってーゴメンだ!」
「はっはっは。じゃあまだ死んでやらない」
「たりめーだ!大体アンタが安々と殺されるようなヤツだったら、俺はハナから御幸と組んでない」
「…相変わらず殺し文句上手いよなぁ、お前…」
「は?俺殺し屋だけど?」


この天然め、と吐き捨てて御幸がソファから立ち上がった。
その際ギギ…と耳障りなスプリングが鳴るあたり安物なのだろう。
くるりと方向転換して、御幸と二人廃墟を後にする。
不意に、汚れたジャケットを脱ぎながら御幸が口を開いた。


「あ、そうだ沢村」
「ん?」





ドンッ!






「…俺、指紋みたいな決定的証拠を残すほどバカじゃねーから、安心して?」
「……う、わぁ……」


派手な爆発音にゆっくり振り返れば、ソファが燃えているのが遠目で分かった。
恐らく御幸のことだ。ソファから立ち上がる際にちょっとした小型爆弾でも置いてきたのだろう。
威力はちょうどあのソファを燃やし尽すぐらいだが、そばに転がっていた元ボスの死体は少なからず焼けているだろうに。


「…そういうことは、早く言えっての……心臓に悪ぃ…」
「ははっ、ごめリンコ」


語尾にハートマークさえ見える謝罪精神0の御幸になんだかムカついて背中をバシンと叩いてやる。
いてぇ、と呟かれた言葉はシカトだシカト。
ちょっと振り返って未だに燃えている炎を見つめた後、しばらくしたら確実に倉持先輩からの苦情電話が俺宛てにかかることを覚悟して再び歩き始めた。









今となっては俺の家とも言える御幸の自宅に入り、二人揃って乱雑に靴を脱ぎ捨てる。玄関散らかってんな…と頭の片隅で思わないでもないが、なんたって仕事帰り。
ここ最近仕事づくめだったこともあり疲労がハンパないからスルーする。
とりあえず最優先すべきは、この鼻につく硝煙の臭いを消すための風呂だろう。
確かまだ風呂を沸かしてなかった気がするから風呂場に向かおうとした身体を、突然ぐいっと掴まれた。


「御幸?」
「風呂なら後で俺が入れてやるよ」
「はぁ?」
「相変わらず鈍いなお前……俺もー限界」
「えっ、ちょ……ぎゃっ!」
「んー、色気ねーの」
「ざけんなバカ!風呂が先だ!」


限界先で思いっきり抱きしめられてしまい、脱け出そうとジタバタともがく。
もがくがやはり身長差と体格差は向こうが有利で、しばらくすれば御幸に上手いこと丸め込められてしまうのがオチだ。
ツン…とする硝煙の臭いの中にも御幸の匂いがして、どうにも酷く落ち着いてしまうのだ。
こういうのを惚れた弱みというらしい。
「…栄純」、なんて低くかすれた声で囁かれたらもうやってらんない。


「…みゆ、き…っ!」
「はいはいベッドな?」
「………っ」


フフ、と首筋に埋められた顔から忍び笑いが聞こえたと思えばヒョイと抱きかかえられた。
咄嗟のことに驚いて思わず御幸の首に腕を回してしまったことにハッとして御幸を見れば、ニヤニヤしながら紳士気取りに俺を姫抱きしている。
それがあまりにも癪に障ったので、渾身の力を指先に込めて、デコピン。


「いだっ!」
「実物じゃなかっただけずっとマシだろーが!」
「そりゃそーだ」


手加減ありがとうございましたー、なんて笑いながら寝室に足を運ぶ。
ふと御幸の手が俺の懐に伸びてきた。
オイオイ実物没収する気かよ?と思ったが、抜き取られたのは携帯。
それを何の断りも無しにパカリと開かれる。


「ちょっと!それ俺の!」
「ん?あぁ、大丈夫大丈夫。電源切っただけ」


完璧と言っても過言ではない笑顔がふわりと向けられて、思わず視線を反らしてしまう。
御幸の笑顔は反則だ。見ているこっちが耐えらんねぇ。


きっと真っ赤であろう顔を少しでも隠したくて、御幸の胸に顔を埋めれば再び酷く落ち着く御幸の匂いに包まれる。
このまま寝室につかなくてもそれはそれでいいと思うくらいの温もりに、沢村はそっと身を委ねた。





(時間なんてなくなってしまえ!)
(…で、結局何で電源切ったんだ?)
(え?苦情電話なんかに邪魔されたくなかったからだけど?)
(…何で俺こんなヤツ好きになったんだろ…)





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