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慌ただしい入学式を終え、更に慌ただしい出来事を終え、沢村とクリスは帰路に着くべくゆっくりと長い廊下を進んでいた。
色々あったせいで式は午前中に終わったというのにもう夕刻になっている。
たわいない会話を交していると不意にクリスが立ち止まったので数秒遅れて沢村も立ち止まった。


「どうかしたんスか?忘れ物とか?」
「沢村。先程御幸が言っていたことだが…」
「え?…ああ、コンクールの話っスか?」
「そうだ」
「うーん……なんかよく分からないんスけど、コンクールって面白そうっスね!
いや、あの御幸って人は苦手とゆーか正直嫌いなんスけど!…俺、面白いなら…」
「止めておけ」
「え…」


言葉を遮られて沢村は目を見張った。
クリスは人が話し終わる途中で割り込んだりするような人じゃない。
どこか切羽詰まっているように見えたのははたして気のせいか。


「確かにお前は今までにホール中どころか誰かの指揮の元で演奏したことはない。恐らくその経験は同学年の中でもお前が一番浅いだろう。
そしてその経験の浅さはあだとなりうる」
「だったら…」
「だがそれはお前がプロになること、オケに所属することを望むならば、の話だ」


そう言われて「あ、」と声が漏れた。
そうだ、何も音大に来たからと言ってプロを目指すだけが全てじゃない。
ピアノの講師や音楽の教師という道だってある。


「俺はお前の才能を無駄にしてほしくなくて青道に呼んだ。
だがそこから先お前がどんな道へと進むかはお前が決めることだ」


そうだろう?と問われて小さく頷く。
確かにそうだ。クリス先輩に勧められて青道に来たが、なにも「プロになれ」と言われたわけじゃない。


「コンクールはこの先嫌というほど受けなければいけなくなる。
なにも今急ぐことはない。それより今は基礎を固めるのが先だ。
……とりあえず楽譜を読めるようになるのが先だろうな」
「うっ……は、ハイ……」


苦々しくクリスから視線を反らすと小さく笑われた。
クリスが再び歩みを再開し、また数秒遅れて半歩後ろをキープしながら沢村も歩き出す。
バタバタとうるさい自分の足音だけが反響する。


「だが……」
「?」
「だが、もしお前がプロを目指すのなら、もちろん俺は止めない。
あくまで今言ったことはあくまで一つのアドバイスにしかすぎないからな。
…結局はお前がどうしたいかだ。それが決まったらちゃんと御幸に連絡を入れておけよ」
「クリス先輩…っ!はい!」


どこか嬉しそうに笑って答えた沢村を見てクリスは目を細めた。
その柔らかな目が、ふと険しいものに変わる。


「……沢村」
「はい?」
「忘れてると思うが期日は明日、だからな?」


途端沢村がポカンと呆気にとられた。
やっぱりか…と思うより早く瞬時に両耳を塞ぐ。
廊下という場所も手伝って大ボリュームで沢村の声が響くまで、後2秒と言ったところだろう。




 
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